未知の細道
未知なる人やスポットを訪ね、見て、聞いて、体感する日本再発見の旅コラム。
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秋田犬“ワン”ダーランドにようこそ!

忠犬ハチ公の故郷・大館はモフモフ天国

文= 川内イオ
写真= 川内イオ
未知の細道 No.101 |10 November 2017
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#2町を挙げてのハチ公推し

大館駅のハチ公神社。ハチ公が神様になってる! と驚いた。

 大館駅に降り立つと、すぐに気づいたことがある。町に溢れる忠犬ハチ公。駅の構内には「ハチ公神社」があり、観光案内所にもアニメ的なハチ公像がある。駅前にはハチ公の解説と並んで銅像が建ち、ハチ公号という名前の路線バスが走っていた。ハチ公が生まれた町ということで、まるで「おらが町のスター」のような扱いだ。

 恐らく、日本の大半の人にとってハチ公と言えば渋谷駅前の銅像というイメージがあるなかで、これほど全力でハチ公を推している町があるとは! せっかくなので、駅前にあったハチ公像の解説の一部を紹介しよう。

 渋谷駅前のハチ公の銅像は1934年に完成し、その除幕式にはハチ公自身も参加したそう。生きているうちに銅像になるなんて、ハチ公もびっくりしただろう。このハチ公像はしかし、戦時中の1944年に金属類回収令で供出されたため、1948年に改めて現在の像が再建されたそう。

 大館のハチ公像は1935年に完成したけど、同じく1944年の金属類回収令によって供出。しばらくの間、台座だけが残されていて、1987年に銅像が再建された時、もとの台座におさまった。2代目の除幕式の際には、東京・上野の国立科学博物館に所蔵されているハチ公のはく製と対面したそうだ。剝製と銅像の対面って、なんかシュールですね。

1987年に再建されたハチ公像。確かに両耳がピンと立っていた。

 一番のトリビア的な情報は、大館市のハチ公像は若かりし頃のハチ公をモデルにしていて両耳がぴんと立っているのに対し、渋谷のハチ公像は晩年のハチ公をモデルにしていて左耳が垂れているということだった。

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未知の細道 No.101

川内イオ

1979年生まれ、千葉県出身。広告代理店勤務を経て2003年よりフリーライターに。
スポーツノンフィクション誌の企画で2006年1月より5ヵ月間、豪州、中南米、欧州の9カ国を周り、世界のサッカーシーンをレポート。
ドイツW杯取材を経て、2006年9月にバルセロナに移住した。移住後はスペインサッカーを中心に取材し各種媒体に寄稿。
2010年夏に完全帰国し、デジタルサッカー誌編集部、ビジネス誌編集部を経て、現在フリーランスのエディター&ライターとして、スポーツ、旅、ビジネスの分野で幅広く活動中。
著書に『サッカー馬鹿、海を渡る~リーガエスパニョーラで働く日本人』(水曜社)。

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