未知の細道
未知なる人やスポットを訪ね、見て、聞いて、体感する日本再発見の旅コラム。
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[ 第100回特別企画 ]街にこぼれる素敵な音を追いかけて

常磐自動車道を行く!〔後編 福島・宮城編〕

文= 松本美枝子
写真= 松本美枝子
録音・編集= 白丸たくト
未知の細道 No.100 |25 October 2017
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#17エピローグ

 さて、これでこの旅はおしまいで、この300キロに及ぶ、常磐自動車道の音の旅の取材チームも夕方には解散なのだけれど、日が暮れるまでには、まだ少し時間があった。そこでこの取材の録音・編集担当で、音楽家の白丸たくトさんと最後にキャッチボールをしよう、ということになった。私はもと来た道を水戸へ、白丸さんは仙台から山形へと帰るのだ。
 実は私は草野球チームに所属していて、ポジションは控えのピッチャーなのだ。ただし、まだ一度も試合に出させてもらったことはないが……。そして白丸さんは小学校、中学校とも野球部で、しかもピッチャー経験者。せっかくなので、ピッチングの稽古をつけてもらうことにしたのである。
 ボールはもちろん、あの吉田浜で拾った野球ボールだ。

 朝市から愛宕上杉通りに出て、しばらく歩くと錦町公園に出た。仙台には広々として気持ちの良い公園がいくつもあるのも、街のいいところの一つ。三郷を出る頃は、まだほんの少し夏の雰囲気も残っていたけれど、ここ仙台の夕方はすっかり肌寒くて、大通りのイチョウ並木も少し色づき始めている。

 小学生の集団が大声で走り回って遊んでいるところを邪魔しないように、グラウンドの端っこでキャッチボールを始めた。グローブはないから、全力投球よりやや力を抜いて、ワンバンでお互いのボールをとる。とはいえ、振りかぶってボールを放るのは、だんだん力が入り、体が熱くなって面白い。腕の振り方を白丸さんに指導されて、少しは良い球が投げられようになると、ますます楽しくなった。ポーンとすっぽ抜けることもあるが、たまに相手の手元にピシッと良い球が入ると、やはり気分が良いものだ。もう全力投球できないや、と思うくらい投げた頃には、辺りはすっかり暗くなり、全身汗だらけになっていた。昨日、吉田浜ではちょっと落ち込んだけれど、あそこでボールを拾っておいてよかったな、と汗を拭きながら思った。

 道が人々や物を移動させ、そしてもっとさまざまな何か、を運んでいくわけだが、その大きなルートの一つである常磐自動車道を改めてたどってきて、面白かったこと、聞きたかったこと、知りたかったこと、これまで気づかなかったこと……、音を通して、そんな情景をいくつも見ることができた。
 海で拾ったこのボールも、ずっと以前にはもっと違う場所にいて、知らない誰かと野球をしていたはずだ。どうやってあの浜辺までたどり着いたのか、それはもう誰にもわからないけれど、今はこうやって移動して、仙台の街で、私と一緒にまた野球をしている。

 何かの縁だもの、こいつは水戸まで持って帰ってあげよう。そう思って、私はまたボールをリュックにしまった。

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未知の細道 No.100

松本美枝子

1974年茨城県生まれ。生と死、日常をテーマに写真と文章による作品を発表。
主な受賞に第15回「写真ひとつぼ展」入選、第6回「新風舎・平間至写真賞大賞」受賞。
主な展覧会に、2006年「クリテリオム68 松本美枝子」(水戸芸術館)、2009年「手で創る 森英恵と若いアーティストたち」(表参道ハナヱ・モリビル)、2010年「ヨコハマフォトフェスティバル」(横浜赤レンガ倉庫)、2013年「影像2013」(世田谷美術館市民ギャラリー)、2014年中房総国際芸術祭「いちはら×アートミックス」(千葉県)、「原点を、永遠に。」(東京都写真美術館)など。
最新刊に鳥取藝住祭2014公式写真集『船と船の間を歩く』(鳥取県)、その他主な書籍に写真詩集『生きる』(共著・谷川俊太郎、ナナロク社)、写真集『生あたたかい言葉で』(新風舎)がある。
パブリックコレクション:清里フォトアートミュージアム
作家ウェブサイト:www.miekomatsumoto.com

未知の細道とは

「未知の細道」は、未知なるスポットを訪ねて、見て、聞いて、体感して毎月定期的に紹介する旅のレポートです。
テーマは「名人」「伝説」「祭り」「挑戦者」「穴場」の5つ。
様々なジャンルの名人に密着したり、土地にまつわる伝説を追ったり、知られざる祭りに参加して、その様子をお伝えします。
気になるレポートがございましたら、皆さまの目で、耳で、肌で感じに出かけてみてください。
きっと、わくわくどきどきな世界への入り口が待っていると思います。