
東京都奥多摩町
東京から2時間のショートトリップ。
そこには風景のほとんどが森、というもうひとつの「東京」の姿があった。
その驚くほど深い森と共に暮らしている人を見つけた。
「森の演出家」、「東京最後の野生児」などと呼ばれるその人と一緒に、森のトレイルを歩く。
それは、閉ざされていた五感の扉を開け放ち、
自分をとりもどす時間だった———。

ある研究によれば、人類は約700万年前にチンパンジーと袂を分かち、森を離れて草原で暮らし始めたという。それが、人類としての進化の始まりだ。その裏を返せば、私たちの祖先は、みな森で暮らしていたことになる。
「だから、人間は今でも森に戻りたくなるのかなあ」
私が、木々の合間から空を見上げてそう漏らすと、その人は、「そうかもしれないですね。まあ、僕の場合、今でも森で暮らしてるんですけどねっ!」とニコリと微笑み返した。
森で暮らす。
それは今や、名著『森の生活 ウォールデン』を書いたヘンリー・ソローのような思想家か、はたまた半分世を捨てた人だけに許される特殊なライフスタイルとなりつつある。
しかしながら、21世紀の東京においても人は森で暮らすことは可能らしい。それを日夜実践中なのがこの人、土屋一昭さんだ。
まあ、正確にいえば「森の中」ではなく、「森の近くの古民家」に暮らしているわけだけど。それでも、彼は1日の大半を森の中で過ごしている。山を自由に歩き、キノコや山菜を摘み、川魚を捕まえ、火を起こして青空の下で料理をする。だから人は、今年38歳になったその男を、「東京最後の野生児」と呼ぶのだった。
私たちは、森の中のトレイルをゆっくりと歩いていた。さっきから誰ともすれちがわない。樹冠からは木漏れ日が差し込み、あたりは濃いヒノキの香りで溢れている。
「ここが東京だなんてやっぱり信じられないなあ」と深呼吸を繰り返す。
東京都心の自宅から、在来線を乗り継ぐこと2時間のショートトリップ。着いた先には、土地の94%を森林が占めるというもう一つの東京、奥多摩が待っていた。一緒に歩いているのは、「森の演出家」という肩書きを持つ土屋さん。その他にも森林セラピーガイド、火おこしマイスター、アウトドアシェフ、自然観察指導員……などなど面白い肩書きを多数有している。

川内 有緒