
白米鉱泉「つるの湯」に響くお湯の音
いわき勿来ICを降りて、いよいよ福島県に入った。茨城県との県境、いわき市勿来である。勿来(なこそ)はとても難しい読み方で、「な来そ(来るなかれ)」という意味である。ここには古来より関所が置かれ、関東と東北の交通の要所とされてきたことから、一説によると、北方から来る蝦夷を防ぐための意味とも言われている。
この勿来の白米地区に、約千年前からの伝説が残る鉱泉があるというので行ってみることにした。勿来ICを降りてすぐの、開業して100年以上になる白米鉱泉「つるの湯」である。この鉱泉には、鶴が身を浸して傷を治し、それを見た村人たちによって湯治場が開かれるようになった、という言い伝えがあり、現在でも打ち身や怪我の名湯として、知る人ぞ知る鉱泉なのだ。
一見、鉱泉宿があるとは思えないような、畑や家が点在する白米地区の一角に「つるの湯」はあった。敷地の奥には木立が広がり、その手前には、見るからに古そうで小さいお堂がある。女将さんに聞いて見ると、なんと小さいながらも「湯前神社」という立派な神社であり、この鉱泉の守り神なのだという。さすが千年前からの言い伝えがある鉱泉だけのことはある……と拝みながら思った。
さて昔ながらの湯治場の雰囲気が残るこの鉱泉は、大人が五人も入るといっぱいになるような、こじんまりとしたサイズのお風呂である。浴槽にはアルカリ性の単純泉が、絶え間なくこんこんと浴槽に注がれていく。耳をすますと少し空いた窓からは、木立を通る風の音や虫の声も聞こえてくる。かすかに薬のような匂いがあるお湯は、浸してみるとじんわりと体の芯が温まり、なるほど健康に良さそうだ。
この白米鉱泉からは海が近いこともあり、一般の人はもちろん、漁業関係の人も多く訪れた。昔はいわき周辺だけでなく、大洗や阿字ヶ浦、遠くは波崎など茨城からも、たくさんの漁業関係の人たちが、怪我をした体を治すために、この鉱泉へ訪れたんですよ、と女将さんは話してくれた。しかし現在は漁業に従事する人も少なくなった。また東日本大震災によって客足が遠のいた時期もあったという。それでも今もなお、ここの泉質が怪我に効く、として、交通事故などの後遺症や打撲、捻挫などを泊りがけでじっくりと湯治しに来る人が絶えないのだそう。
そしてこの湯治場は、実は今どき珍しい、昔ながらの男女混浴でもある。とはいえ男女別の脱衣所と、女性のみが使用できる時間もきちんと設定されているのでご安心を! 最近の観光地の温泉に慣れていると少しびっくりするかもしれないが、古くから伝わる湯治の文化と、そして昔ながらのいわきを知ることができる場所の一つであることは間違いない。

松本美枝子