未知の細道
未知なる人やスポットを訪ね、見て、聞いて、体感する日本再発見の旅コラム。
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わたしたちは誰もが芸術家なのか?

「黒板消し」から始まった小さな美術館がいま伝えたいこと

「カスヤの森現代美術館」

文= 川内有緒
写真= 川内有緒
未知の細道 No.113 |10 May 2018
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#2ひし形の塔が見えた

 横須賀線の衣笠駅から歩いて10分ちょっと。その大きな洋館は、まるで海のように広がる住宅の屋根のなかにぽっかりと浮かぶ島だった。特徴的なのは、屋根から突き出したひし形の屋根の塔。
 ん、あれはなんだろう? なにかに似ている気がするとけど、と思いながら、大きな扉を開けて美術館のなかに入った。

 出迎えてくれたのは、館長の若江栄戽(はるこ)さん(以下、栄戽さん)、そして現代美術家の若江漢字(かんじ)さん(以下、若江さん)。
 ふたりとも背筋がピッと伸びていて、ああ、自分が信じる道を歩んできた人たちだと思わせるものがあった。
 生まれも育ちも横須賀のふたりは、もう25年近くもこの美術館の運営に奔走してきた。1994年に開館したここは、なんと三浦半島で最初の美術館だそうだ。
「私は、“見ること”と“見えること”をテーマに作品を作っています」と、若江さんは自身の作品についてエネルギッシュな口調で解説をしてくれた。
 それは例えば、こんな作品だ。

 一見すると、絵の具の缶から、カラフルな絵の具がこぼれたところを撮影した写真に見える。しかし、実際はプリントされたモノクロ写真の上に絵の具を塗ったものだ。
「人間の視覚というのは、常にいろんな影響を受けています。あなたが見ているものと、私が見ているものは、違って見える。そういう違いがどんどん大きくなって、時には国家対国家というような争いに発展するんですよ。世界はとてもデリケートで、常に丁寧に見ないといけないということをテーマにした作品です」
 このシリーズの作品は、フランスの国立近代美術館(ポンピドゥーセンター・パリ)などの内外の美術館にも収蔵されているそうだ。
 一方の栄戽さんは、若江さんとは対照的にゆったりとした口調だ。会う人をほっとさせるような笑顔で、この美術館を始めたきっかけを話してくれた。
「1975年に若江(漢字)の展覧会がドイツのギャラリーでありまして、1年間ドイツに行ったのが、この美術館を始めるきっかけでした」

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未知の細道 No.113

川内 有緒

日本大学芸術学部卒、ジョージタウン大学にて修士号を取得。
コンサルティング会社やシンクタンクに勤務し、中南米社会の研究にいそしむ。その合間に南米やアジアの少数民族や辺境の地への旅の記録を、雑誌や機内誌に発表。2004年からフランス・パリの国際機関に5年半勤務したあと、フリーランスに。現在は東京を拠点に、おもしろいモノや人を探して旅を続ける。書籍、コラムやルポを書くかたわら、イベントの企画やアートスペース「山小屋」も運営。著書に、パリで働く日本人の人生を追ったノンフィクション、『パリでメシを食う。』『バウルを探して〜地球の片隅に伝わる秘密の歌〜』(幻冬舎)がある。

未知の細道とは

「未知の細道」は、未知なるスポットを訪ねて、見て、聞いて、体感して毎月定期的に紹介する旅のレポートです。
テーマは「名人」「伝説」「祭り」「挑戦者」「穴場」の5つ。
様々なジャンルの名人に密着したり、土地にまつわる伝説を追ったり、知られざる祭りに参加して、その様子をお伝えします。
気になるレポートがございましたら、皆さまの目で、耳で、肌で感じに出かけてみてください。
きっと、わくわくどきどきな世界への入り口が待っていると思います。