未知の細道
未知なる人やスポットを訪ね、見て、聞いて、体感する日本再発見の旅コラム。
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わたしたちは誰もが芸術家なのか?

「黒板消し」から始まった小さな美術館がいま伝えたいこと

「カスヤの森現代美術館」

文= 川内有緒
写真= 川内有緒
未知の細道 No.113 |10 May 2018
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#3そうだ、美術館をやろう。

左が館長の若江栄戽(はるこ)さん。右が現代美術家の若江漢字(かんじ)さん。

 ————時は1975年。ふたりはまだ若く、駆け出しのアーティストだったそうだ。
 少しずつ活躍の場を広げつつあった若江さんに、ドイツのギャラリーで展示をする話が舞い込んだ。
「ドイツのことはまったく知らなかったのですが、せっかく呼んでもらったので行ってみようということになりました。最初は短期間の予定でしたが、現地でカルチャーショックを受けて、もっとドイツを見たいと思って、結局は1年間の滞在になっちゃったんです」(栄戽さん)
 この1年間が、ふたりの運命を変えた。
「ドイツのギャラリーがあったのは、横須賀と同程度の小都市だったのですが、その街には美術館、オーケストラやサッカークラブ、屋内プールが6ヶ所もあって、“文化的格差”を感じたんです。普通の人たちがふらっと美術館にいくことに驚きました」(栄戽さん)
 同時に、自分の故郷・横須賀には、美術館がひとつもないことに気がついてショックを受けた。というよりも、当時の日本の地方都市には、両手で数えられるほどしか美術館がなかったのだ。
 そのとき、そうだ! それならば自分たちで美術館をやればいいとひらめいたという。
「たまたま江戸時代から先祖代々持っている土地が実家にありました。だから、ドイツに来たのは、ああ、私に対して、なにかこういうこと(美術館の創設)をしなさい、というメッセージなのかなと」
 同時に、若江さんも、「私たちはみなアーティストである」というヨーゼフ・ボイスから、大きな刺激を受けたという。
「芸術家の使命は社会を変革することだとボイスは言いました。だから、芸術家も象牙の塔にこもって作品を作っていればいいわけではないと感じました。たとえば、ボイスはどんどん街中に入っていって市民と一緒に座り込み運動をした。だから私も、アーティスト活動をしながら社会のなかでできることを、と考えて、美術館をつくることにしたんです」
 こうして二人は故郷・横須賀に美術館を開くことを決意する。
 しかし、美術館というのは、建物があればいいというわけではない。そこで見せるべき作品、つまりは「コレクション」が必要である。そのコレクションこそが、その美術館の真価を決めるのだ。

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未知の細道 No.113

川内 有緒

日本大学芸術学部卒、ジョージタウン大学にて修士号を取得。
コンサルティング会社やシンクタンクに勤務し、中南米社会の研究にいそしむ。その合間に南米やアジアの少数民族や辺境の地への旅の記録を、雑誌や機内誌に発表。2004年からフランス・パリの国際機関に5年半勤務したあと、フリーランスに。現在は東京を拠点に、おもしろいモノや人を探して旅を続ける。書籍、コラムやルポを書くかたわら、イベントの企画やアートスペース「山小屋」も運営。著書に、パリで働く日本人の人生を追ったノンフィクション、『パリでメシを食う。』『バウルを探して〜地球の片隅に伝わる秘密の歌〜』(幻冬舎)がある。

未知の細道とは

「未知の細道」は、未知なるスポットを訪ねて、見て、聞いて、体感して毎月定期的に紹介する旅のレポートです。
テーマは「名人」「伝説」「祭り」「挑戦者」「穴場」の5つ。
様々なジャンルの名人に密着したり、土地にまつわる伝説を追ったり、知られざる祭りに参加して、その様子をお伝えします。
気になるレポートがございましたら、皆さまの目で、耳で、肌で感じに出かけてみてください。
きっと、わくわくどきどきな世界への入り口が待っていると思います。