
「大塩温泉、ぜひ入っていきな」
馬場さんがオススメしてくれた「大塩温泉」へ行ってみた。「20mも地下を掘ればどこでも炭酸水が湧く」という大塩地区の温泉も当然、炭酸成分を含んだお湯である。炭酸は昔と比べると減ったらしく、プツプツと極小の泡が湧く程度。けれどもいつまでも浸かっていられるトロトロとしたお湯。地元のおじいさんのタオルが真っ茶色に変色している。お湯に含まれている鉄分の濃さがハンパじゃないのだろう。
その夜は金山町の中心部に近い玉梨地区にある旅館「恵比寿屋」に投宿することに。こちらもすぐ隣の八町温泉という共同浴場から炭酸泉を引いている。源泉から噴出する温泉水を一切外気に触れさせずそのまま湯船に送るという、こだわりの温泉旅館だ。
「目の前の野尻川の下に異なる泉質の湯脈がいくつかある」と宿主であり湯守の坂内譲さんが教えてくれた。奥会津は本当の温泉好きが通いつめる温泉天国とのこと。お湯そのものにパワーがありながらも柔らかく、長湯しても湯だれしない「まさにパーフェクトな泉質」だそうだ。
少しだけ白濁した、透明感のあるお湯に浸かる。お湯に使ってしばらくぼーっとしていると、体が真っ白になっているのに気づいた。炭酸の泡が体中にまとわりついている。まるでパウダースノーのように、きめ細やかな白い粒。おもむろに手で泡を拭き取ると、無数の泡がふわっと湯の中に浮かび上がった。まるで圧雪していないバックカントリーを滑り降りるような、極上の幸福感。
水面に浮かぶ泡は線香花火のようにパチパチと音を立てている。一口飲んでみると、ふんわりと鉄の味とミネラルが凝縮された甘みが交互にやってくる。そして口の中をいつまでも優しく刺激する、あの天然炭酸水特有の感触があった。
聞けば、玉梨地区は約5000年前に噴火して消失した沼沢火山の下にあるマグマが、大塩地区では地下深部に堆積した炭酸カルシウムが、それぞれ異なる性質の炭酸泉を生み出しているらしい。国内の温泉でわずか1%以下という希少な天然炭酸温泉が町内に複数あり、それもまったく異なる性質の炭酸が湧いているという、まさに「炭酸水の聖地」。こんな静かな山あいの秘境で、ふつふつと湧き上がる地球のチカラを体感できるとは……。
翌朝、水沼橋の上から、すこし先にある鉄道橋を列車が通過するのを待っていた。ここはいわゆる「撮り鉄」のあいだで有名な、金山町にある撮影ポイントのひとつ。ローカル線が通過するのを気長に待つ。
30分ほど待つと、川の両側に迫る森林から只見線が顔を出して川にかかった橋をゆっくりと通過した。その瞬間に何度かシャッターを押し、金山町を後にする。「息子にいいお土産になったかな。でも天然の炭酸の話を理解してもらえるのは、しばらく先かな」。そんなこととを思案しつつ、私は家路についた。