
真っ黒に日焼けした土屋さんは、想像していた通りに、優しそうでほんわかした人だった。少年らしい面差しをしているものの、礼儀正しく、見た目からは「野生児」という感じはしなかった。
「じゃあ、まずは渓谷に行ってみましょうか」という言葉にハッと慌てた。
その日に限って私は、なぜかトレッキングシューズはおろか、スニーカーすら履いておらず、デッキシューズで来てしまっていた(アホか)。彼のハードな山歩きについていけるか急に不安になる。すると彼はこう言った。
「大丈夫ですよ〜。僕が目指すのはハイキングではなく、五感を研ぎ澄まさせること。奥多摩の森を使って、感覚や身体を開くアシストをします。だから普通のネイチャーウオークとは違います。さっそく歩きましょう」
駅から歩いてほんの3分で、激しく水しぶきをあげる清流が見えてきた。多摩川だ。川沿いには緩やかなトレイルが伸び、惜しみなく降り注ぐ清々しい日差しと、渓谷から湧き上がる涼風に包まれた。
おおぜいの人がハイキングをしたり、お弁当を食べたりして、それぞれの休日を楽しんでいる。ラフティングをする若者たちは、早い水の流れに「わー!」「きゃー!」と声をあげた。
しばらく歩くと、大きな橋にさしかかる。橋の上では、お年寄りの夫婦がゆったりと写生をしていた。誰もかれもが、好きなように時間を過ごしている。駅を降りて5分でこれは、すごいなあと圧倒された。ここは、どこだ!?
呆然とする私の横で、土屋さんは「あ、いま鳥の鳴き声が聞こえますか?」と聞いてきた。私はあわてて耳を済ませたが、激しい水しぶきの音以外にはなにも聞こえなかった。
「きっと帰る頃には、だんだんと聞こえるようになってきますよ」


川内 有緒