未知の細道
未知なる人やスポットを訪ね、見て、聞いて、体感する日本再発見の旅コラム。
55

東京の森で深呼吸をしよう 「東京最後の野生児」と歩く
奥多摩

文= 川内有緒
写真= 川内有緒
未知の細道 No.55 |20 Nobember 2015 この記事をはじめから読む

#14森にかえりたい

 再び登計トレイルに話を戻そう。寝転んで空を見上げていると、夕方の独特の日差しの中で高い木々に吸い込まれそうな錯覚を覚えた。しばらく目を瞑り、森が奏でる音色を聞いていた。いま、ここにいる「人間」といえば私たちだけだ。
 鳥の声が聞こえるかと耳をすませたが、しばらくするとどうでもよくなり、またウトウトとし始めた。
 700万年前、私たちの祖先は新たな世界を求めて、森に背を向けて草原に進出した。それは、大型捕食動物が跋扈する危険地帯に出たことを意味していたという。そして人類は武器を携え、動物を狩り、己を守るために集団で暮らすようになった。研究者によれば、それ以前に祖先が暮らしていた森は、涼しく安全で、木の実もたくさんあり、とても快適な環境だったそうだ。それでも人間は飽くなき野望に突き動かされ、厳しい環境を選んだ。それは、21世紀に都会に暮らす私たちの姿にも重なる。集団に属しながら、「よりよき生活」を求めて日々忙しい。しかし「忙」という漢字が「心を亡くす」と書くように、その日々は逆に大切な何かをすり減らしてしまうのかもしれない。だからこそ都会人は、かつての安全地帯である森に戻りたくなるのかもしれない。無意識のうちに。
 奥多摩の森には、夕暮れが訪れようとしていた。もうすぐ、動物たちの時間がやってくる。いまは姿が見えないが、奥多摩には30種類以上の哺乳類が暮らしているらしい。東京の「住人」はなにも人間だけじゃないことを長い間忘れてしまっていた。
 土屋さんは、くるりと私の方に向き直ってこう言った。
「ねえ、僕がやっている仕事って、最高に贅沢な仕事ですよね! 自分はバカなことばっかりやってきた。でも、今はその全てが活きている。石の上に3年いなくてよかったです。人生でいろいろな挫折を繰り返して、今は天職に出会えたんですから!」
 私たちは、暗くなる前に森を離れようと再び歩き始めた。1.3キロしかないこのトレイルの終点はすぐそこだった。


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未知の細道 No.55

川内 有緒

日本大学芸術学部卒、ジョージタウン大学にて修士号を取得。
コンサルティング会社やシンクタンクに勤務し、中南米社会の研究にいそしむ。その合間に南米やアジアの少数民族や辺境の地への旅の記録を、雑誌や機内誌に発表。2004年からフランス・パリの国際機関に5年半勤務したあと、フリーランスに。現在は東京を拠点に、おもしろいモノや人を探して旅を続ける。書籍、コラムやルポを書くかたわら、イベントの企画やアートスペース「山小屋」も運営。著書に、パリで働く日本人の人生を追ったノンフィクション、『パリでメシを食う。』『バウルを探して〜地球の片隅に伝わる秘密の歌〜』(幻冬舎)がある。「空をゆく巨人」で第16回開高健ノンフィクション賞受賞。

未知の細道とは

「未知の細道」は、未知なるスポットを訪ねて、見て、聞いて、体感して毎月定期的に紹介する旅のレポートです。
テーマは「名人」「伝説」「祭り」「挑戦者」「穴場」の5つ。
様々なジャンルの名人に密着したり、土地にまつわる伝説を追ったり、知られざる祭りに参加して、その様子をお伝えします。
気になるレポートがございましたら、皆さまの目で、耳で、肌で感じに出かけてみてください。
きっと、わくわくどきどきな世界への入り口が待っていると思います。