未知の細道
未知なる人やスポットを訪ね、見て、聞いて、体感する日本再発見の旅コラム。
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東京の森で深呼吸をしよう 「東京最後の野生児」と歩く
奥多摩

文= 川内有緒
写真= 川内有緒
未知の細道 No.55 |20 Nobember 2015 この記事をはじめから読む

#1321世紀流の野生児ライフ

 しかし、古民家さえあれば自動的にお客さんが大挙してやって来るわけではなかった。時代は2010年代だというのに、彼は「机に座っているだけで気持ちが悪くなってしまう」という人。ホームページやブログはおろか、パソコンを触ったこともなかった。「もっとネットで発信したほうがいい」というアドバイスを受けても、「嫌です!」とすぐに言い返した。しかし、しばらくすると考えが変わった。
「仕事に繋がるんだったら、なんでもトライしてみようと思いました。なにも知らないから、まずは学校にいきました。いま簡単そうに言ったんですが、本当に、本当に大変だったんですよ。『デスクトップ』ってどこの机ですか、とかトンチンカンな質問をしてました」
 そして、人差し指でキーボードをポチポチ押して、ブログやホームページを開設。徐々に情報は拡散し、お客さんがやって来るようになった。家族連れ、女の子同士、会社員と色々だが、ひとつ共通していることがある。それは、誰もが都会生活でちょっと疲れていることだ。
「表情が全然ない人も来ます。ガイドしても反応がまったく見えないので、楽しんでもらってるのか不安なんです。でも、アンケートを見てみると、すごく良かったって書いてくれて、またリピーターとして来てくれたり。そういう人でも、森を歩いているうちに、本来その人が持っている表情が出てくる。そして、最後にすごく素敵な笑顔や、生きた笑顔が見える時が嬉しい」
 古民家というベース基地があることで、多様なリクエストに答えられるようになった。
 森を一緒に歩くガイドツアー、屋外クッキング教室、釣りピクニック、そして山菜ツアー。ツアーの最後は、魚や山菜を古民家に持って帰り、土屋さんが作った野菜とともにご馳走となって振舞われる。その他にも、苔玉教室、森の中のヨガ教室。骨盤矯正にもなるノルディック教室(お年寄りにも人気!)。「こたつぬくぬく」というイベントは、「寒い時には田舎のこたつで温まりたい」という声に応えたもの。森の中で結婚式をあげるアウトドア・ウェディングでパエリアを作ることもある。古民家をオフィスとして使ってください、という「出先オフィス」の案内を出した時は、あまりの人気に電話がパンク状態に。そのふたつとないイベントは、リピーターになる人も多い。アイディアは、次々に湧いてくる。
「僕がやっているのは、『観光』地を作ることではなく、人同士、そして人間と自然とのつながりを作る『関係』地を作ることなんです」


古民家の裏手には自然農の畑がある
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未知の細道 No.55

川内 有緒

日本大学芸術学部卒、ジョージタウン大学にて修士号を取得。
コンサルティング会社やシンクタンクに勤務し、中南米社会の研究にいそしむ。その合間に南米やアジアの少数民族や辺境の地への旅の記録を、雑誌や機内誌に発表。2004年からフランス・パリの国際機関に5年半勤務したあと、フリーランスに。現在は東京を拠点に、おもしろいモノや人を探して旅を続ける。書籍、コラムやルポを書くかたわら、イベントの企画やアートスペース「山小屋」も運営。著書に、パリで働く日本人の人生を追ったノンフィクション、『パリでメシを食う。』『バウルを探して〜地球の片隅に伝わる秘密の歌〜』(幻冬舎)がある。「空をゆく巨人」で第16回開高健ノンフィクション賞受賞。

未知の細道とは

「未知の細道」は、未知なるスポットを訪ねて、見て、聞いて、体感して毎月定期的に紹介する旅のレポートです。
テーマは「名人」「伝説」「祭り」「挑戦者」「穴場」の5つ。
様々なジャンルの名人に密着したり、土地にまつわる伝説を追ったり、知られざる祭りに参加して、その様子をお伝えします。
気になるレポートがございましたら、皆さまの目で、耳で、肌で感じに出かけてみてください。
きっと、わくわくどきどきな世界への入り口が待っていると思います。