未知の細道
未知なる人やスポットを訪ね、見て、聞いて、体感する日本再発見の旅コラム。
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おれを鍋にまぜてくれないかい?

“鍋の日”に起きた南部町の奇跡

文= 川内イオ
写真= 川内イオ
未知の細道 No.57 |20 December 2015 この記事をはじめから読む

#8どこまでも温かい木村家

鮮やかな黄色をしている南部町の特産品・食用菊。阿房宮(あぼうきゅう)という種類で、甘みがあって美味!

 綾子さんと知代さんが「今日は飲めないと思いますけど、お鍋とお酒も合うんですよ」と言うのを聞いて、自分が車で来たことが残念で仕方なかった。あまり話さず、いつも優しい笑顔を浮かべている律行さんが「泊まっていってもいいんだよ」と言ってくれて、危うく今日何度目かの「お願いします!」と言ってしまいそうだった。

 2種類の鍋の後は、律行さんが育てたリンゴと洋ナシの食べ比べ。既にお腹がパンパンだったはずなのに、甘くてジューシーで結局、もりもり食べてしまった。ビックリしたのは、木村家ではリンゴの皮の色や形状を見て「これは○○」と品種がわかること。さらに、「これは蜜がたくさん入っていて甘い」「これはイマイチ」とリンゴや梨の味の違いにとにかく敏感。さすが生産者とその家族!

 木村家は、敦子さんの面白トークに子ども3人が突っ込みを入れ、律行さんが笑顔で見守るという構図だった。敦子さんは僕にも時おり鋭い質問を投げかけてくるのだけど、唐突に「それで川内さんは、一億、稼いでるの?」と聞かれたときには、リンゴを吹き出しそうになった。
 あっという間に時間が過ぎて、気づけば22時に。「楽しかったです。いい夫婦の日にお邪魔しました。本当にありがとうございました!」と挨拶したら、敦子さんが「私たちも楽しかったです。ありがとう!」と言ってくれて、リンゴとサバ缶をお土産に持たせてくれた。
 南部町の11月22日は、心も身体もほっこり温かくなる格別な日だった。東京に戻ってきてから、たくさんの人に南部町の話をしている。また22日に戻ってきたいなあ。そう思いながら、お土産に頂いた木村家のリンゴを食べる。

 
長閑な風景の南部町。大満足の鍋の日を過ごし、一夜明けると初雪が舞っていた
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未知の細道 No.57

川内イオ

1979年生まれ、千葉県出身。広告代理店勤務を経て2003年よりフリーライターに。
スポーツノンフィクション誌の企画で2006年1月より5ヵ月間、豪州、中南米、欧州の9カ国を周り、世界のサッカーシーンをレポート。
ドイツW杯取材を経て、2006年9月にバルセロナに移住した。移住後はスペインサッカーを中心に取材し各種媒体に寄稿。
2010年夏に完全帰国し、デジタルサッカー誌編集部、ビジネス誌編集部を経て、現在フリーランスのエディター&ライターとして、スポーツ、旅、ビジネスの分野で幅広く活動中。
著書に『サッカー馬鹿、海を渡る~リーガエスパニョーラで働く日本人』(水曜社)。

未知の細道とは

「未知の細道」は、未知なるスポットを訪ねて、見て、聞いて、体感して毎月定期的に紹介する旅のレポートです。
テーマは「名人」「伝説」「祭り」「挑戦者」「穴場」の5つ。
様々なジャンルの名人に密着したり、土地にまつわる伝説を追ったり、知られざる祭りに参加して、その様子をお伝えします。
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