
厩舎の掃除を終えた菅野さんは、「じゃあ、牧場を案内しますね、もうふきのとうの芽も出ているかもしれませんね」と言い、ゆったりとした足取りで歩き始めた。
二月だというのに、シャツ一枚で過ごせるほどの日差しが降り注ぐ。足元の土はふわふわとやわらかい。馬の蹄を傷つけないようにとウッドチップが敷いてあるところもある。光を浴びて、深呼吸をするうちに、体に溜まった疲れが少しずつ溶け出していくようだった。
アクアラインを通れば、東京からここまでたったの一時間四十分。それで、こんな異世界にたどり着ける。それは、嬉しい驚きだった。
「あ、これ、私の愛車!」
と菅野さんが指差す先には、工事現場さながらのショベルカーがあった。必要に迫られて資格を取得し、あちこちにぶつけたり、電線を切ってしまったりしながら操作を覚えたそうだ。
「確か……もともとここは荒れた竹やぶだったんですよね」と、牧場のホームページに書かれていたことを確認する。
「そうです。ほらほら、これが“ビフォー”ですよ!」
そう指差した先には、体を入れる隙間もないほどに竹が密集し、竹林というよりもはや竹の塀がそびえていた。やぶの中は、真っ暗である。
私は“アフター”となった日当たりの良い草地を眺めながら、「こ、これは、すごーく大変じゃないですか……!」と絶句した。
今年四十五歳になる菅野さんがここに引っ越してきたのは、今から八年前のことだ。それまでは、神奈川県の市街地にある2DKの小さなアパートに住んでいた。当時の仕事は、美容整形外科のドクターや施術体験者を紹介するサイトを運営するというもの。時にはアメリカにも取材に行ったそうだ。
「それが、どうして馬だったんですか?」
「ある日、下りた! 初めて馬を見た瞬間に、これだ、って動けなくなった」

川内 有緒