そこは、府中競馬場だった。
当時のパートナーである淳(まこと)さんはギャンブル専門のライターをしていて、「ビールと焼きそばを食べに行こう」という言葉につられて、ピクニック気分で競馬場に出かけた。そして、厩舎にいた馬を何気なく見た瞬間のことだ。
「時間が止まった。周りの音がバーっと聞こえなくなった。それまで音が聞こえなくなったことなんてなかったから、これだ! これしかないって」
すぐに乗馬クラブに通い始め、仕事の合間に馬に乗る生活が始まった。もちろん、まだ牧場をやるなどということは考えていなかった。
そんなある日。雑誌を眺めていたら、占いコーナーに目が止まる。
─東の不動産、今があなたの運気絶好調!─
おお、そうか、と菅野さんは思った。それからの動きがすごい。その日のうちに東へ、東へと車を走らせる。太平洋にぶち当たると、そのままアクアラインで東京湾を突っ切り、千葉県の房総半島へ。そして、南房総にたどり着くと、そのまま不動産屋に飛び込んだ。
「そして、最初に紹介された家をすぐに購入しました」
あっぱれ! としか言いようがない。買ったのは、里山が見える一軒家だった。
怒涛の展開に圧倒されつつ、いったいどんな占いだったんですかと聞くと、「Dr.コパの風水占い」だというので、なんだか力が抜けた。しかも、特に占いにハマっていたとか、Dr.コパの大ファンだったということもない。
「なんとなく目に入っただけ。でも、直感で動いて後悔したこと一度もない」
その稲妻のような決断にびっくり仰天したのは、淳さんだった。彼は完全なるインドア派で、虫が嫌いだからそんなところには住めないと言い出した。しかし、時すでに遅し。
「私は理解を求めるつもりもなかったから、ダンボールに荷物をまとめて『じゃあ!』と言ったら、結局は俺も行くって。来てみたら、インターネットのスピードは速いし(人口が少ないため)、東京にも一時間半で出られるしで、すごく気に入っていました」
というわけで、結果オーライ。田舎暮らしをしながら、二人とも以前からの仕事を続けていた。しかし、その後、さらなる急展開が待っていた。購入した家に隣接する土地の所有者が、「ねえ、この土地を買わない?」と持ちかけてきたのだ。そこは1.5ヘクタールもある広大な丘陵地。すぐにひとつの気持ちが固まった。すなわち、ここに牧場を開き、馬と一緒に生きていくということである。そこから、西部開拓劇のような日々が始まった。

川内 有緒