牧場の敷地内をぐるりと一周すると、最後に高台に出た。丸っこい形の可愛らしい山々が望めて、お天気がよれば、富士山も見える。どこらへんまでが菅野さんの土地なんですか、と聞くと、「あそこです」とはるか遠くにある杉の木を指差した。
「時々、あの展望台まで行くこともありますよ」とひときわ小高い丘を指差した。道交法的には、馬は軽車両の扱いなので、公道を通っても問題がない。しかし、道行く人は驚かないのだろうか。
「いや、別に。ここら辺は、以前はみんな牛などの大型動物を飼っていましたから、慣れてるんでしょう」
高台からは、緩やかな階段状の草地も見えた。今はあまり使われていない棚田らしい。百年前、ここは稲作や酪農が盛んな地域だったそうだ。しかし、時代が流れ、酪農は廃れ、田んぼも減った。今や伐採されない竹と外敵がいないイノシシばかりが元気だ。なるほどなあ。開拓者はこうして、打ち捨てられた土地に再び命を吹き込んでいるんだなあと思った。
この場所にいる菅野さんは、とりわけ幸福そうに見えた。この高台こそが大好きな夕日のスポットだ。
「ベンチに座ってぼおっとしているのがいい。毎日見ているから、日が入る位置で季節の移り変わりまでわかるようになりました。もう魂が抜け落ちるような感動があります。今日死んでもいいっていうのが毎日更新される」
今日死んでもいいとはすごい言葉だ。そう断言できる人が、この世にどれくらいいることだろう。彼女は、「今日」という日をきちんと生きているんだろう。
「晴れでも曇りでも雨でも、馬たちの群れに混じって動いていることで、不思議と充実感がある」と彼女は語る。
しかし、もし本当に菅野さんが死んでしまったら、きっと今の旦那さんが悲しみますよ、と私は思った。そう、菅野さんは、二年半前にここにボランティアに来た男性、Tさんと結婚した。出会って3ヶ月の電撃結婚で「お互いよく知らないまま結婚した」そうだ。システムエンジニアだが、馬が好きでかつては厩務員としても働いていいた。だから、厩舎の掃除や餌やり、力仕事などを手伝ってくれるのでとても助かるそうだ。
「うんこ拾い、私よりきれいですごく早いです!」

川内 有緒