
長距離バスで東京から一時間三十分ほど。神崎に到着した私が最初に訪れたのは、町外れの「道の駅」にある「発酵市場」だった。
のれんをくぐって中に入ってみると、おお、あるわ、あるわ、発酵食品の数々! お酒、パン、味噌、ヨーグルト……、テンペなどという珍しい商品も。地元商品はもとより、日本全国の発酵食品が一同に結集する。
そう、神崎は、「発酵の里」をキャッチフレーズに町おこしに取り組む町だ。別に最近の発酵食品ブームに乗ってやろうというわけではなく、神崎と発酵の関係は、江戸時代まで遡る。おいしいお水、お米、大豆がある神崎は、日本酒や醤油などの醸造業でおおいに栄えていたのだ。町には今でも江戸時代から続く酒蔵や、お味噌を売るお店、そして豆腐屋さんや和菓子屋さんなどが立ち並ぶ。
まあ、それだけだったら特に珍しいというほどでもないのだが、「発酵」に対する神崎の思いは、かなりマジである。なにしろ、年に一度の酒蔵祭りには、五万人という観光客を集め、挙句の果てには、発酵をテーマにした盆踊りまであるというのだから。

そこに、「こんにちは〜!」と赤いほっかむりに着物姿の女性が笑顔で現れた。売り子さんかと思いきや、その人は、神崎の町役場の職員だという。
「えっ、どうしてそんな格好をしているんですか!?」と面食らっていると、「私は、“お里ちゃん”なんですよ!」と謎の発言をする。
話を聞くとその女性、澤田聡美さんは、週末になるとお里ちゃんというキャラクターに扮し、市場で商品の説明をしたり、小学校でトークをしたりして、発酵伝道師として汗を流しているのだそうだ(“お里ちゃん”は自分の名前の“さとみ”と発酵の“里”が由来)。
平日は町役場の職員、週末はお里ちゃんという二重生活に「そりゃ大変ですねえ!」と同情すると、「それもこれも、やりたくてやっているんです、お里ちゃんというキャラも自分で作り上げたんですよ、本当におかしいですよね!」と嬉々として答えた(今日は平日だがサービスで来てきてくれたらしい)。
というわけで、お里ちゃんの発酵トークは止まらない。
「これは、酒粕で作ったチーズです! 乳製品アレルギーの子でも食べられるんですよ。こちらはしょっつる、魚醤ですね、ちょっとお料理に加えるとい美味しいです。最初はスプレータイプがいいかも。あ、こちらは……(以下省略)」
そんな炸裂するトークにのせられて、気がつけば私は、せっせ、せっせと珍しい商品をレジに運んでいた。あれ、まだ何の取材もしていないのに!?
お里ちゃんによれば、「発酵の里」まちづくりを始めて以来、神崎を訪れる人は徐々に増え続けている。
「おかげさまで、神崎には多くの人が外から来てくれるんですが、それも新たな菌なんですね! そうやって神崎の菌と新しい菌が混ざって、発酵して、さらに美味しくなるんです。ええ、だから、人も町も発酵するんですよ!」
外から来る菌とは、どうも私のような訪問者のことらしい。なんだかよくわからないけど、歓迎されているようだ。かなり面白いぞ!
「さあ、さっそく町に行きましょう!」とお里ちゃんが、最初に案内してくれたのが、「鈴木糀屋(こうじや)」だった。

川内 有緒