今でこそ自然発酵の酒蔵として有名な寺田本家だが、先代の寺田啓佐さんが書いた『発酵道』(河出書房新社)を読むと誰もが驚くだろう。そこに出てくる寺田本家の姿は、今と全く逆なのだ。
都会で家電商品を扱っていた啓佐さんは、親が決めた結婚で寺田家に婿入りし、二十三代目となる。「酒のことはわからなくても商売はわかる! 会社というものは利益を追求するところ」という理念を元に、一番安価な米を探し、醸造アルコールや各種の添加物を導入し、生産量を増やした。合理化を進め、時間や手間をかけない生産方法を導入。
そんな「効率主義」全開の酒造りを現在の姿に近づけたのも、やはり啓佐さんだった。ある時彼は、腸が腐るという重病を患う。病床でなぜ自分の腸は腐ったのかと考え抜き、単純な事実に気がついた。すなわち、寺田の酒は、本当の意味では発酵していないということだ。ちゃんと発酵していたら、食べ物は腐らない。すなわち、腸も腐るはずがなかった。
それから、「私が酒を造る場合、私以上の酒はできない。自分が偽物であれば、偽物の酒しかできない」と言い、寺田本家の酒造りは過激なほどに正直に変わっていく。利潤を追い求めるのをやめ、無農薬の米や玄米を使い、添加物の使用をなくした。その結果、微生物たちは大喜び、他の酒造にはない個性的なお酒が次々とできあがった。
優さんに、「一番特徴的なお酒はどれですか」と聞いてみると、発芽玄米で造った「むすひ」を紹介してくれた。それは、先代の啓佐さんが玄米の生命力を生かそうと、苦労に苦労を重ねて造ったもの。このお酒を開発する時に、まさに酵母を人の手で投入することをやめ、酒蔵に住み着く微生物の力だけに任せるという賭けに出た。
「すごく酸っぱいんですよ、ぬか漬け飲んでるみたいで、開けるときに失敗するとボーンと爆発するみたいな。雑味たっぷりです」(優さん)
「むすひ」が初めて完成した当時は、完全に開き直って「日本一まずい酒です」と紹介していた。ところが、これが一部の人から「健康になった」「体の調子がよくなった」と熱く支持されるようになった。
「別にアルコール入れれば工業製品みたいにお酒は造れるんですよ。でも、微生物が生み出すものすべてが渾然一体となったものこそ意味がある。自然のバランスに任せていけば、生命力があるものができるんじゃないかなと。」(優さん)
そして、寺田本家は自然発酵にこだわる酒蔵としてどんどん知られていくようになった。
啓佐さんは、『発酵道』の中でこう書いている。私は、この言葉が大好きだ。
「型破り、掟破り、常識破りでいい」「からっぽになるまで吐き出せば、自然とうまくいく。これでいいんだよ。微生物と同じ生き方でいいんだよ。大丈夫だよ。きっと発酵する」

川内 有緒