未知の細道
未知なる人やスポットを訪ね、見て、聞いて、体感する日本再発見の旅コラム。
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人も町も発酵する小さな王国・神崎

歌って、踊って、ぐるぐる回って、さあ発酵!

文= 川内有緒
写真= 川内有緒
未知の細道 No.64 |10 April 2016
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#7唄で想いを届ける

「微生物は人間がいる前から、ずっといるもの。だから、微生物は地球のバランスをとって(私たち)が生きやすくしてくれてるんじゃないかなあと」(優さん)

 優さんは、普段は見えない微生物だが、ちゃんと人間の想いが届いているという。
「居心地の良い環境を造れば自然に菌がやってきて、酒を造ってくれる。温度、湿度もそうなんですが、古い建物を大事に使っていくこと。そういうところに菌が棲みつくと言われます。それと一番大事なのは、造っている人の気持ち。楽しく造っていれば楽しい酒になる。気持ちよく仲良く自分たちが働くことが、菌を元気にさせる」
 そう考える優さんの出現は、この酒蔵に重要な変化をもたらした。まず機械による作業をやめ、すべて昔ながらの酒造りのプロセスに戻したことだ。
「機械でやると、楽だし早いんですけど、一番大事なのは造っている人の愛情や想いなんですよね。だから、効率的じゃないところに、菌と気持ちが響きあうっていうのもあるのかなと」
 もう一つの変化が、みんなで唄いながら醸造をすること。やはり自分たちが酒造りを楽しむことで、微生物たちに想いを届けたいと考えた。
「もともと(日本には)『酒造り唄』というものがたくさんあったんですね。最初の頃は恥ずかしいから人前で唄うことに慣れてなかったんですが、ちょうど佐渡出身のものすごい唄がうまい蔵人がいたので、少しずつ。今はだいぶ慣れて楽しくなってきましたよ」
 あの大人気イベントの「お蔵フェスタ」を始めたのも、優さんだ。先代の啓佐さんも「やったらいいよ!」と歓迎し、第一回目の時は、自ら「うふふで発酵」という唄を作って披露した。うーん、自由だ!  それにしても、外からやってきた優さんが、新たな酒づくりの可能性を開いたと知り、お里ちゃんが言う通りだと思った。もしかしたら、寺田本家に女の子しか生まれないのも、微生物からの「外からいい菌を入れなさい」というメッセージなのかもしれない。はは、まさかねと思いつつも、男四人兄弟の優さんの子供たちは、やはり二人とも女の子なのである。不思議だよね?

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未知の細道 No.64

川内 有緒

日本大学芸術学部卒、ジョージタウン大学にて修士号を取得。
コンサルティング会社やシンクタンクに勤務し、中南米社会の研究にいそしむ。その合間に南米やアジアの少数民族や辺境の地への旅の記録を、雑誌や機内誌に発表。2004年からフランス・パリの国際機関に5年半勤務したあと、フリーランスに。現在は東京を拠点に、おもしろいモノや人を探して旅を続ける。書籍、コラムやルポを書くかたわら、イベントの企画やアートスペース「山小屋」も運営。著書に、パリで働く日本人の人生を追ったノンフィクション、『パリでメシを食う。』『バウルを探して〜地球の片隅に伝わる秘密の歌〜』(幻冬舎)がある。「空をゆく巨人」で第16回開高健ノンフィクション賞受賞。

未知の細道とは

「未知の細道」は、未知なるスポットを訪ねて、見て、聞いて、体感して毎月定期的に紹介する旅のレポートです。
テーマは「名人」「伝説」「祭り」「挑戦者」「穴場」の5つ。
様々なジャンルの名人に密着したり、土地にまつわる伝説を追ったり、知られざる祭りに参加して、その様子をお伝えします。
気になるレポートがございましたら、皆さまの目で、耳で、肌で感じに出かけてみてください。
きっと、わくわくどきどきな世界への入り口が待っていると思います。