さて、いよいよ最後の目的地、「月のとうふ」へ。
商店街をゆっくり進む。豆腐屋さん、豆腐屋さん…….っと。そういえば、最後にお豆腐屋さんに行ったのはいつだろうと考えたが、もう覚えていなかった。
ガラガラと引き戸を開け、「こんにちは」と声をかけたが、誰もいない。何気なくショーケースを覗く。がーん! なんと空っぽだ。
ここの豆腐は大人気で、夕方にはすべて売り切れると聞いていたが、噂通りであった。
店主の周浦宏幸さんは、「あ、すみませんねえ!」と、のんびりとした口調で奥の厨房から現れた。
ここの開店は2009年。周浦さんも移住者、つまりは「外から来た菌」であった。
東京でサラリーマンをしていて忙しい生活に疲れ、豆腐屋になることを決意し、東京のお豆腐屋さんで修行する。そこが神崎の大豆を使っていて、とてもおいしかった。
それと同時に神崎にはお豆腐屋さんが一軒もないというパラドックス的な状況を知る。そこで周浦さんは、神崎の大豆で豆腐を作り「Little Forest ゆうゆう」などで販売してみた。すると徐々に人気が出て、やがて二百丁を完売する人気商品になった。神崎の人が、神崎の大豆の美味しさを再発見したのだ。
そのことに背中を押され、2009年に河岸通り商店街に夫婦で「月のとうふ」を出店。この商店街では実に35年ぶりの新規の店である。使うのは地大豆と地下水、にがりだけで、絹、木綿などの新鮮な豆腐を毎日作る。その他にも油揚げ、がんもなどの揚げ物、そして日によっては、満月どうふ(ざる豆腐)、朧月(カップに入った柔らかい豆腐)などのちょっぴりオリジナルな豆腐も。
ところで、「月のとうふ」というユニークな店名は、どこからきたのだろう。
「抽象的なんですけど、サラリーマン生活というものが太陽が(世の中)を支配する太陽歴で動いているとしたら、豆腐屋としての生活は、月の満ち欠けなんかを感じながら、月のリズムで過ごしていきたいというような漠然とした想いがあって。自然と一体となってやりたいなと」
そんな想いでゆったりと作られた豆腐だから、きっと誰が食べてもおいしいのだろう。優さんや福士さんが口を揃えて言う通り、そういう想いはきっと微生物に届いているに違いない。

川内 有緒