未知の細道
未知なる人やスポットを訪ね、見て、聞いて、体感する日本再発見の旅コラム。
64

人も町も発酵する小さな王国・神崎

歌って、踊って、ぐるぐる回って、さあ発酵!

文= 川内有緒
写真= 川内有緒
未知の細道 No.64 |10 April 2016
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#11エピローグ:発酵の国の魔法の言葉

 さて、これで発酵をめぐる小旅行もおしまいに近づいている。
 なんだか離れがたくて、お肉屋さんや和菓子屋さんなどを眺めながら、商店街を先に進んでみた。すると、急に視界が開けて、利根川の土手に出た。
 平野の中をゆったりと進む川の流れ。それは昔から関東の台所を支えてきた偉大なる水源。土手に座り、風に吹かれながら、喫茶店『ゆうゆう』でもらった冊子「めだか通信」を開く。すると、こんな言葉を見つけた。

 

江戸時代の繁栄が黄金時代だとしたら、今の神崎町はどんな時代なんでしょう? 稲穂、大豆、味噌、ひしほ、夕日にきらめく利根川……。大切なものすべてがこがね色です。今の神崎はこがね色の時代なんじゃないかと、私は最近思います。こがねいろの風が吹きますように。(「めだか通信」)

 江戸時代には7軒の酒蔵があり、他にも多くの商店で賑わっていた神崎。今はすっかり静かだけど、その頃の息吹を感じることはできた。
 私は最初、発酵の話というのは、「酵素がデンプンを分解して」「これとこれを何十度で混ぜて」うんぬん、といった科学や料理の話を聞くのだと思っていたのだが、全く違うものだった。実は、作り手の想い、愛情、楽しさ、そして人間同士のつながりの話を聞いていた。そういうものこそが、「発酵」する力になるのだと。

 

 翌朝、私は酒粕のパンを焼き、ポテトサラダに酒粕チーズをかけ、娘のために納豆をかき混ぜた。寺田本家の日本酒は特別な時のためにとっておこう。そうだ、早くあの糀でお味噌を仕込まないと。うーん、楽しみだ。
 ここにある食べものは、滅菌された工場で、ストレスをためた人が、機械で急いで処理したものではない。昨日リアルに出会った人々が、丁寧にゆったりと作ったもの。それは、微生物たちの豊かな力で、人を元気に、健康にしてくれる食べ物。それらを食していると、発酵の国の人々の顔が浮かんできて、ふんわりと幸せな気持ちになる。
 できれば自分も、あんな風に楽しくて、愛があって、元気で、いい方向に変化していく“発酵する人生”を歩みたいものだ。
 そうだ、この先、生きる道に迷ったら、あの魔法の呪文を唱えてみようかな。それは、すなわち─。
「型破り、掟破り、常識破りでいい。だいじょうぶ、きっと発酵する」

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未知の細道 No.64

川内 有緒

日本大学芸術学部卒、ジョージタウン大学にて修士号を取得。
コンサルティング会社やシンクタンクに勤務し、中南米社会の研究にいそしむ。その合間に南米やアジアの少数民族や辺境の地への旅の記録を、雑誌や機内誌に発表。2004年からフランス・パリの国際機関に5年半勤務したあと、フリーランスに。現在は東京を拠点に、おもしろいモノや人を探して旅を続ける。書籍、コラムやルポを書くかたわら、イベントの企画やアートスペース「山小屋」も運営。著書に、パリで働く日本人の人生を追ったノンフィクション、『パリでメシを食う。』『バウルを探して〜地球の片隅に伝わる秘密の歌〜』(幻冬舎)がある。「空をゆく巨人」で第16回開高健ノンフィクション賞受賞。

未知の細道とは

「未知の細道」は、未知なるスポットを訪ねて、見て、聞いて、体感して毎月定期的に紹介する旅のレポートです。
テーマは「名人」「伝説」「祭り」「挑戦者」「穴場」の5つ。
様々なジャンルの名人に密着したり、土地にまつわる伝説を追ったり、知られざる祭りに参加して、その様子をお伝えします。
気になるレポートがございましたら、皆さまの目で、耳で、肌で感じに出かけてみてください。
きっと、わくわくどきどきな世界への入り口が待っていると思います。