さて、これで発酵をめぐる小旅行もおしまいに近づいている。
なんだか離れがたくて、お肉屋さんや和菓子屋さんなどを眺めながら、商店街を先に進んでみた。すると、急に視界が開けて、利根川の土手に出た。
平野の中をゆったりと進む川の流れ。それは昔から関東の台所を支えてきた偉大なる水源。土手に座り、風に吹かれながら、喫茶店『ゆうゆう』でもらった冊子「めだか通信」を開く。すると、こんな言葉を見つけた。
江戸時代の繁栄が黄金時代だとしたら、今の神崎町はどんな時代なんでしょう? 稲穂、大豆、味噌、ひしほ、夕日にきらめく利根川……。大切なものすべてがこがね色です。今の神崎はこがね色の時代なんじゃないかと、私は最近思います。こがねいろの風が吹きますように。(「めだか通信」)
江戸時代には7軒の酒蔵があり、他にも多くの商店で賑わっていた神崎。今はすっかり静かだけど、その頃の息吹を感じることはできた。
私は最初、発酵の話というのは、「酵素がデンプンを分解して」「これとこれを何十度で混ぜて」うんぬん、といった科学や料理の話を聞くのだと思っていたのだが、全く違うものだった。実は、作り手の想い、愛情、楽しさ、そして人間同士のつながりの話を聞いていた。そういうものこそが、「発酵」する力になるのだと。
翌朝、私は酒粕のパンを焼き、ポテトサラダに酒粕チーズをかけ、娘のために納豆をかき混ぜた。寺田本家の日本酒は特別な時のためにとっておこう。そうだ、早くあの糀でお味噌を仕込まないと。うーん、楽しみだ。
ここにある食べものは、滅菌された工場で、ストレスをためた人が、機械で急いで処理したものではない。昨日リアルに出会った人々が、丁寧にゆったりと作ったもの。それは、微生物たちの豊かな力で、人を元気に、健康にしてくれる食べ物。それらを食していると、発酵の国の人々の顔が浮かんできて、ふんわりと幸せな気持ちになる。
できれば自分も、あんな風に楽しくて、愛があって、元気で、いい方向に変化していく“発酵する人生”を歩みたいものだ。
そうだ、この先、生きる道に迷ったら、あの魔法の呪文を唱えてみようかな。それは、すなわち─。
「型破り、掟破り、常識破りでいい。だいじょうぶ、きっと発酵する」

川内 有緒