さて、月が描かれた器の撮影も終わり、そろそろ私の有田滞在もいよいよ最後の一週間を迎えようとしていた。撮影もほぼ完了し、あとは写真を選んでプリントして、展示作業をするばかりだ。
そういえば、観音山は夕方ばかりで朝に登ったことはまだ一度もなかったな、と思いついて朝から登ってみることにした。自転車で稗古場の窯跡につく。
するとどこからか「松本さーん!」と声がする。振り返ると、美里さんと省平さんが手を振っていた。省平さんの工房は、この観音山のすぐ近くにあるのだ。「今度はお店じゃなくて工房にも遊びに来てねー! いつでもよかけん」と美里さんが大きな声で言ってくれた。嬉しくなって思わず元気いっぱいに「はい!」と答えた私は、二人と別れて、そのまま観音山の頂上へと向かった。二人にばったり稗古場で会ったことを、あとで深江さんと佐々木さんにも教えてあげよう、と私は歩きながら思った。
朝の観音山は、夕方とそんなに変わるわけでもなく、特に何もなく静かだった。相変わらず、木が生い茂っていて、すごく眺めがいいわけでもない。この時間は月も見えないし、ましてや遠い韓国が見えるわけでもない。木々の間から、有田の可愛らしい町が見え、そしてこの町をぐるりと取り囲む山々が見えるだけだ。だけどもしかしたら昔、李参平たちがここを踏みしめて月を見上げていたのかもしれないな、と山頂で、空を見ながらそんなことを考えていた。
そんな気配だけは、かすかにこの山の上に残っているような気がした。
あなたも有田に来たら、ぜひ美しい有田焼の名品を見るとともに、歴史の跡地を巡ってほしい。この小さな町には至る所に、本物の歴史が落ちている。歩いて、見て、触って、きっとそれを感じることができるだろう。そして機会があれば町の人たちと話してみてほしい。この町の人々は、ほとんどが、何らか有田焼に関わって生きている人たちばかりだ。町の人々と話すことで、きっとあなただけの有田焼の物語が生まれるだろう。私が佐々木さんと深江さんと、そしてたくさんの有田町の人々出会って、有田焼を深く知ることができたように。

松本美枝子