未知の細道
未知なる人やスポットを訪ね、見て、聞いて、体感する日本再発見の旅コラム。
86

日本陶磁器・発祥の地 有田町に暮らす人々(後編)

初期伊万里に描かれた月の謎

文= 松本美枝子
写真= 松本美枝子
未知の細道 No.86 |10 March 2017
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#8再び池田家へ

 出迎えてくれた久男さんは、引き出しを自由に開けて、なんでも撮影していいからね、とにっこり笑って言って、私を座敷に残して自分の工房へ戻っていった。池田家の座敷で一人、撮影を行う。よく考えると、会って二度目の素性もよくわからないカメラマンに、家の中でこんなに好き勝手にさせてくれるなんて、すごいことだと思う。久男さんだけでなく、有田の町の人々は、みんなおおらかで優しいのだ。

 月が描かれた器との久々の対面。小さな器の中で、鹿がそっと月を見上げている。月を振り返って見上げる鹿の様子は、シンプルだけれど、懐かしむかのごとく見上げているように見えた。それはもしかしたら、鹿の様子に託した陶工たちの溢れる感情をトレースした構図なのかもしれない。撮影しながら、私はそんなことを考えていた。

 さて初期伊万里に描かれた月は、時代が下ると、だんだんと器に描かれなくなっていく。それはなぜなのだろうか。韓国陶工たちの子どもたちやその子どもたち、そのまた子どもたち……となるにつれて、異国の地に連れてこられた悲しみや辛さは、だんだんと忘れ去られていったのかもしれない。だが今となっては、本当のことは誰も知る由も無い。

 だけれども彼らが日本で生きて、美しい焼き物を作り、今も続く有田の産業の基礎を作ったことは、決して忘れられることはない。今も残る、有田焼の名品の数々と途切れることのない有田の技術と産業が、それをずっと伝え続けていくことだろう。

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未知の細道 No.86

松本美枝子

1974年茨城県生まれ。生と死、日常をテーマに写真と文章による作品を発表。
主な受賞に第15回「写真ひとつぼ展」入選、第6回「新風舎・平間至写真賞大賞」受賞。
主な展覧会に、2006年「クリテリオム68 松本美枝子」(水戸芸術館)、2009年「手で創る 森英恵と若いアーティストたち」(表参道ハナヱ・モリビル)、2010年「ヨコハマフォトフェスティバル」(横浜赤レンガ倉庫)、2013年「影像2013」(世田谷美術館市民ギャラリー)、2014年中房総国際芸術祭「いちはら×アートミックス」(千葉県)、「原点を、永遠に。」(東京都写真美術館)など。
最新刊に鳥取藝住祭2014公式写真集『船と船の間を歩く』(鳥取県)、その他主な書籍に写真詩集『生きる』(共著・谷川俊太郎、ナナロク社)、写真集『生あたたかい言葉で』(新風舎)がある。
パブリックコレクション:清里フォトアートミュージアム
作家ウェブサイト:www.miekomatsumoto.com

未知の細道とは

「未知の細道」は、未知なるスポットを訪ねて、見て、聞いて、体感して毎月定期的に紹介する旅のレポートです。
テーマは「名人」「伝説」「祭り」「挑戦者」「穴場」の5つ。
様々なジャンルの名人に密着したり、土地にまつわる伝説を追ったり、知られざる祭りに参加して、その様子をお伝えします。
気になるレポートがございましたら、皆さまの目で、耳で、肌で感じに出かけてみてください。
きっと、わくわくどきどきな世界への入り口が待っていると思います。