未知の細道
未知なる人やスポットを訪ね、見て、聞いて、体感する日本再発見の旅コラム。
86

佐賀県有田町

日本の磁器の発祥の地として、今年401年目を迎える佐賀県有田町。前編に引き続き、この町の輝かしい技術と歴史を紐解く。
この町は約400年前に韓国から連れてこられた陶工たちによって作られたと言っても過言ではない。初期の有田焼の作品に描かれる月のイメージ、それは有田焼を作り始めた人々にとってどんな意味を持っていたのか。
その謎を追いながら、昔と今の、有田の町を浮かび上がらせる。

文= 松本美枝子
写真= 松本美枝子
未知の細道 No.86 |10 March 2017
  • 名人
  • 伝説
  • 挑戦者
  • 穴場
東京都

最寄りのICから九州自動車道「波佐見有田IC」を下車

九州自動車道「波佐見有田IC」までを検索

最寄りのICから九州自動車道「波佐見有田IC」を下車

九州自動車道「波佐見有田IC」までを検索

#1泉山を見つけた李参平

泉山磁石場の内部(特別に許可をもらって撮影)。

 佐賀県有田町。言わずと知れた日本の磁器発祥の地であり、有田焼の成り立ちと町の発展を語る時に韓国との関係は欠かせない。

 有田の焼き物は約400年前に現在の韓国から連れてこられた陶工たちによって作られた。1592年から1598年にかけての文禄・慶長の役、いわゆる豊臣秀吉の朝鮮出兵。のちの佐賀藩祖となる鍋島氏も、秀吉に従って出兵した。その時に鍋島軍に捕らえられた韓国の陶工たちが、今の佐賀県へと連行された。その陶工たちは磁器の製造に必要な原料を求めて鍋島氏の領内を歩き回り、とある山で最適な白い磁石(じせき、磁器の原料)の地層を見つけ出した。それが現在の有田町・泉山磁石場だ。

泉山磁石場の公園から眺める山肌のようす。白い磁石の表面に鉄分が現れている。
泉山磁石場の内部。人力で掘った跡が見える。

 白い岩がむき出しになった泉山の威容は、今でも見る者の心を圧倒する。この荒々しい岩が、あの繊細な焼き物になるのかと、誰しもが思うだろう。有田に来たら是非訪れてほしい場所の一つだ。

 この泉山の磁石を使い、それまでの日本になかった技術をもたらした韓国の陶工たちによって、日本で初めての白い磁器が生み出されたのである。その陶工たちの一人が、李参平だ。李参平は陶工たちのリーダーとして、金ヶ江三兵衛という日本名を与えられ、白磁の製造に励んだ。有田焼の祖として、今でも崇められている存在なのだ。

このエントリーをはてなブックマークに追加


未知の細道 No.86

松本美枝子

1974年茨城県生まれ。生と死、日常をテーマに写真と文章による作品を発表。
主な受賞に第15回「写真ひとつぼ展」入選、第6回「新風舎・平間至写真賞大賞」受賞。
主な展覧会に、2006年「クリテリオム68 松本美枝子」(水戸芸術館)、2009年「手で創る 森英恵と若いアーティストたち」(表参道ハナヱ・モリビル)、2010年「ヨコハマフォトフェスティバル」(横浜赤レンガ倉庫)、2013年「影像2013」(世田谷美術館市民ギャラリー)、2014年中房総国際芸術祭「いちはら×アートミックス」(千葉県)、「原点を、永遠に。」(東京都写真美術館)など。
最新刊に鳥取藝住祭2014公式写真集『船と船の間を歩く』(鳥取県)、その他主な書籍に写真詩集『生きる』(共著・谷川俊太郎、ナナロク社)、写真集『生あたたかい言葉で』(新風舎)がある。
パブリックコレクション:清里フォトアートミュージアム
作家ウェブサイト:www.miekomatsumoto.com

未知の細道とは

「未知の細道」は、未知なるスポットを訪ねて、見て、聞いて、体感して毎月定期的に紹介する旅のレポートです。
テーマは「名人」「伝説」「祭り」「挑戦者」「穴場」の5つ。
様々なジャンルの名人に密着したり、土地にまつわる伝説を追ったり、知られざる祭りに参加して、その様子をお伝えします。
気になるレポートがございましたら、皆さまの目で、耳で、肌で感じに出かけてみてください。
きっと、わくわくどきどきな世界への入り口が待っていると思います。