未知の細道
未知なる人やスポットを訪ね、見て、聞いて、体感する日本再発見の旅コラム。
108

〜ギターの森へようこそ〜

森の奥のギター・リペアマン

文= 松本美枝子
写真= 松本美枝子
未知の細道 No.108 |25 February 2018
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#5工房にやってくるさまざまなギターたち

 さて全国から依頼があるだけに、持ち込まれるギターもさまざまだ。ギターだけでなく、さまざまな弦楽器が持ち込まれる。五百万円はくだらない高価なヴィンテージ・ギターや、なかなか見かけない珍しい楽器もよく修理しているので、今ではすっかりギターの所有欲はなくなってしまった、と斎藤さんはにこやかに語る。
 「ギターの最上級は、今でも変わらず1950年代のものなんです」と斎藤さんは教えてくれた。新しいギターであっても、いいものは皆、50年代製のものを目指したリバイバルなのだという。「だからギターのリペアという仕事は、古いものをよく知っていればいいんですよ」

珍しい機械仕掛けの弦楽器、ハーディ・ガーディ。

 ここに持ち込まれるのは、コレクターが大事に飾るようなヴィンテージ・ギターばかりではない。バンドをやっている若者が、すぐにまた次のライブで使うから、と言って持ってくるものから、中高年のギター愛好家が昔から大切に弾いているものまで、持ち主もギターの状態も実にさまざまだ。
 そのなかでも、一番時間をかけて修理したものは、あの東日本大震災で津波に飲みこまれたギターだった、と斎藤さんは教えてくれた。持ち主は津波で家を流され、後日、ギターだけが山で見つかった。津波以前の持ち物はギターしかないという持ち主のために、なんとか修理してあげてほしい、と人づてに、そのギターは東北から遠く離れた「ソーンツリー」へと持ち込まれたのだった。他のところでは、修理は無理だと断られていたからだ。 
 それならば、とボランティアとして修理を請け負った斎藤さんは、海に浸かってひどい状態になってしまったギターを洗い、いったん全てバラバラに解体してから、交換できる部材は交換して、塗装をし……、とひとつひとつの作業を丁寧に行いながら、1年もの時間をかけて元の形へと戻したのだという。
 「ギターが直ったことを持ち主がとっても喜んでくれて、それは本当に嬉しかったですねえ……」と斎藤さんは当時を思い出しながら、話してくれたのであった。

 ギター・リペアマンに限らず、ものづくりのプロには、いろいろなタイプがあると思う。例えば自分のこだわりの技術を貫き、時に請け負う仕事を選ぶ、いわゆる「頑固親父」な職人気質の人。一方で、お客さんに寄り添い、どんな依頼も話し合って作業を進めていくタイプの人もいる。斎藤さんはまちがいなく後者だろう。
「だから僕、自分の事を職人だとはあんまり思ってないんですよね」と斎藤さんは笑っていうのだった。

斎藤さんと同い年、60年代製のヴィンテージ・ギターのネック
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未知の細道 No.108

松本美枝子

1974年茨城県生まれ。生と死、日常をテーマに写真と文章による作品を発表。
主な受賞に第15回「写真ひとつぼ展」入選、第6回「新風舎・平間至写真賞大賞」受賞。
主な展覧会に、2006年「クリテリオム68 松本美枝子」(水戸芸術館)、2009年「手で創る 森英恵と若いアーティストたち」(表参道ハナヱ・モリビル)、2010年「ヨコハマフォトフェスティバル」(横浜赤レンガ倉庫)、2013年「影像2013」(世田谷美術館市民ギャラリー)、2014年中房総国際芸術祭「いちはら×アートミックス」(千葉県)、「原点を、永遠に。」(東京都写真美術館)など。
最新刊に鳥取藝住祭2014公式写真集『船と船の間を歩く』(鳥取県)、その他主な書籍に写真詩集『生きる』(共著・谷川俊太郎、ナナロク社)、写真集『生あたたかい言葉で』(新風舎)がある。
パブリックコレクション:清里フォトアートミュージアム
作家ウェブサイト:www.miekomatsumoto.com

未知の細道とは

「未知の細道」は、未知なるスポットを訪ねて、見て、聞いて、体感して毎月定期的に紹介する旅のレポートです。
テーマは「名人」「伝説」「祭り」「挑戦者」「穴場」の5つ。
様々なジャンルの名人に密着したり、土地にまつわる伝説を追ったり、知られざる祭りに参加して、その様子をお伝えします。
気になるレポートがございましたら、皆さまの目で、耳で、肌で感じに出かけてみてください。
きっと、わくわくどきどきな世界への入り口が待っていると思います。