未知の細道
未知なる人やスポットを訪ね、見て、聞いて、体感する日本再発見の旅コラム。
108

〜ギターの森へようこそ〜

森の奥のギター・リペアマン

文= 松本美枝子
写真= 松本美枝子
未知の細道 No.108 |25 February 2018
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#6ギター修理は「熟練」じゃない

外国でしか手に入らないようなギター製作専用の機械さえも、原書の設計図を見て手作りするという。

「ギターのリペアで最も時間がかかる仕事は、作業をどうアプローチしていくか、そのシミュレーションなんです」と斎藤さんは続ける。
 ギターの修理は大掛かりになると、この津波にのまれたギターのように、全てを解体することもある。それはベテランの斎藤さんであっても、やはり大変な作業だ。
「もう1回やりおし」が効かない作業だからこそ、シミュレーションには慎重を期し、それに数ヶ月をかけることもあるという。「作業に手をつける決心がつくまでは、うまく直るかどうか、いつも怖いんです」と斎藤さん。逆に作業方針が決まれば、あとは一気に刃を入れて直すだけなのだという。

「それにギターのリペアって、《熟練》するものでもないんですよ」と斎藤さんはさらに続けた。
 え、そうなの? 修理の技は日々磨かれていくもの、と思っていた私には、その意味がよくわからなかった。私の顔に疑問の色が浮かんだのを見て取った斎藤さんは、さらにこう続ける。
 もちろん作業そのものには熟練した技術が必要だ。しかし天然素材である木で作られたギターには、壊れ方にパターンというものがない。また天然素材であるがゆえに、木と木の連結の構造は複雑で微妙なものであり、状態もひとつひとつ違う。家電製品の修理のように壊れたユニットをただ交換すればいいというものでもない。
 だからギターの修理とは、一つ一つが全く別の新しい仕事なのだ。一度修理した経験が次にも役立つということはあまりなくて、その都度新しい作業をシミュレーションして、それを実行していける能力が大事なのだ、と斎藤さんは教えてくれた。

ギター修理用に小さくカスタマイズした専用の鉋などの手作りの道具。たった一度の作業工程のためにしか使ってない、手作りの道具もあるという。

 時々、ソーンツリーには「弟子にしてほしい」と言って、若い人が尋ねてくることもあるそうだ。しかし斎藤さんは、ギターの修理の仕事は教えられることも、手伝ってもらえることも少ないから、今のところは弟子をとらないつもりなのだ、と語ってくれた。
 斎藤さん自身も、「学校で教わったことよりも、独立してから、実際の修理を通して覚えたことの方がずっと多かったです」という。
 例えば天井にたくさん貼ってある設計図もそうだ。ギターの本場、アメリカなどの外国から取り寄せた設計図を、英単語を拾い読みしながら独学で覚えた作業工程も少なくない。時にはアメリカにしか売っていない、ギター製作専用の機械さえも、原書の設計図を見て手作りするというのだから驚きだ。

「だからリペアの仕事は、誰かに教わるよりも、勇気を持ってひとりで作業を始められるかどうか、ということの方が重要なんですよね」と斎藤さんは言うのだった。

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未知の細道 No.108

松本美枝子

1974年茨城県生まれ。生と死、日常をテーマに写真と文章による作品を発表。
主な受賞に第15回「写真ひとつぼ展」入選、第6回「新風舎・平間至写真賞大賞」受賞。
主な展覧会に、2006年「クリテリオム68 松本美枝子」(水戸芸術館)、2009年「手で創る 森英恵と若いアーティストたち」(表参道ハナヱ・モリビル)、2010年「ヨコハマフォトフェスティバル」(横浜赤レンガ倉庫)、2013年「影像2013」(世田谷美術館市民ギャラリー)、2014年中房総国際芸術祭「いちはら×アートミックス」(千葉県)、「原点を、永遠に。」(東京都写真美術館)など。
最新刊に鳥取藝住祭2014公式写真集『船と船の間を歩く』(鳥取県)、その他主な書籍に写真詩集『生きる』(共著・谷川俊太郎、ナナロク社)、写真集『生あたたかい言葉で』(新風舎)がある。
パブリックコレクション:清里フォトアートミュージアム
作家ウェブサイト:www.miekomatsumoto.com

未知の細道とは

「未知の細道」は、未知なるスポットを訪ねて、見て、聞いて、体感して毎月定期的に紹介する旅のレポートです。
テーマは「名人」「伝説」「祭り」「挑戦者」「穴場」の5つ。
様々なジャンルの名人に密着したり、土地にまつわる伝説を追ったり、知られざる祭りに参加して、その様子をお伝えします。
気になるレポートがございましたら、皆さまの目で、耳で、肌で感じに出かけてみてください。
きっと、わくわくどきどきな世界への入り口が待っていると思います。