未知の細道
未知なる人やスポットを訪ね、見て、聞いて、体感する日本再発見の旅コラム。
109

物語は、夜の街で輝く

映画監督がいる映画館 CINEMA VOICE

文= 松本美枝子
写真= 松本美枝子
未知の細道 No.109 |10 March 2018
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#2ここが映画館だ!

 昼間はがらんとした大工町の雑居ビルを、エレベーターで上がる。4階で降りると、大きな鉄の扉で閉じられたクラブ、VOICEがある。扉を開けると鈴木洋平さんが待っていてくれた。
 そう、ここは21時からクラブが始まるまでの2時間だけ、映画館「CINEMA VOICE(シネマボイス)」になるのだ。いわゆる二毛作ビジネスというやつだ。映画がかかるのは、たまに15時からの時もあるけれど、ほぼ毎晩19時からの1回だけ。
 鈴木さんは2年前から始まった、ここCINEMA VOICEのプログラム・ディレクターであり、上映とトークイベントの企画をたったひとりで行っている。上映はほぼ毎日、鈴木さんが選んだ1本の映画を二週間かける。選んだ映画の俳優や監督などのトークイベントも月に1、2本ほどある。

 そして特筆すべきは、鈴木さん自身も国際映画祭を舞台に活躍する、新進気鋭の映画監督である、ということだ。
 私も鈴木さんが2014年に制作した長編映画『丸』を見たことがある。この映画のストーリーは、まさに不条理だ。ある日突然、部屋に現れた謎の球体を見た人々が次々に固まってしまう。そこから引き起こされる事件に翻弄され、あるいは狂っていく人々を、鮮やかに描き出すブラック・ユーモアの世界だ。
 劇中突然現れ、一切説明のない「丸」という物体(?)が作り出す世界観が、ぐいぐいと物語を引っ張っていく、不思議だけど、ものすごく強烈なエネルギーを放つ異色作だった。
 この作品は、ぴあフィルムフェスティバルの「PFF2アワード2014」に入選したが、日本よりも先に欧米で話題となる。バンクーバー国際映画祭新人監督部門にノミネートされ、さらにスティーブン・スピルバーグ、ペドロ・アドモドバルといった有名監督を生み出した、新人監督の登竜門である映画祭「ニュー・ディレクターズ/ニュー・フィルムズ2015」に選出された。その後、ウィーン国際映画祭、ロッテルダム国際映画祭などの映画祭に正式出品され、「フィルム・コメント」誌という有名な映画雑誌でも大きく取り上げられるなど、アジアの無名の新人監督としては異例の旋風を巻き起こしたのだった。

 そして今年の年明け、鈴木さんの新作中編映画『YEAH』と短編『After the Exhibition』の2本が、ロッテルダム国際映画祭にワールド・プレミアとして上映されることになった。どちらも水戸を舞台にして作った映画だ。
 これは今こそ、鈴木さんに話を聞きに行かなくては! そう思った私は、2月の初め、ロッテルダムから帰ってきたばかりの鈴木さんに会いに、CINEMA VOICEを訪れたのだった。

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未知の細道 No.109

松本美枝子

1974年茨城県生まれ。生と死、日常をテーマに写真と文章による作品を発表。
主な受賞に第15回「写真ひとつぼ展」入選、第6回「新風舎・平間至写真賞大賞」受賞。
主な展覧会に、2006年「クリテリオム68 松本美枝子」(水戸芸術館)、2009年「手で創る 森英恵と若いアーティストたち」(表参道ハナヱ・モリビル)、2010年「ヨコハマフォトフェスティバル」(横浜赤レンガ倉庫)、2013年「影像2013」(世田谷美術館市民ギャラリー)、2014年中房総国際芸術祭「いちはら×アートミックス」(千葉県)、「原点を、永遠に。」(東京都写真美術館)など。
最新刊に鳥取藝住祭2014公式写真集『船と船の間を歩く』(鳥取県)、その他主な書籍に写真詩集『生きる』(共著・谷川俊太郎、ナナロク社)、写真集『生あたたかい言葉で』(新風舎)がある。
パブリックコレクション:清里フォトアートミュージアム
作家ウェブサイト:www.miekomatsumoto.com

未知の細道とは

「未知の細道」は、未知なるスポットを訪ねて、見て、聞いて、体感して毎月定期的に紹介する旅のレポートです。
テーマは「名人」「伝説」「祭り」「挑戦者」「穴場」の5つ。
様々なジャンルの名人に密着したり、土地にまつわる伝説を追ったり、知られざる祭りに参加して、その様子をお伝えします。
気になるレポートがございましたら、皆さまの目で、耳で、肌で感じに出かけてみてください。
きっと、わくわくどきどきな世界への入り口が待っていると思います。