未知の細道
未知なる人やスポットを訪ね、見て、聞いて、体感する日本再発見の旅コラム。
109

物語は、夜の街で輝く

映画監督がいる映画館 CINEMA VOICE

文= 松本美枝子
写真= 松本美枝子
未知の細道 No.109 |10 March 2018
この記事をはじめから読む

#3ひょんなことから始まった

映画館の座席はクラブのフロアのままだ。

 それにしても、鈴木さんはなぜ、ここのプログラム・ディレクターを引き受けたのだろう? だって映画監督って、映画を作るのに忙しいんじゃないだろうか? それにいくら映画つながりだからと言って、映画監督が映画館の企画運営を行うなんて、これまで聞いたことがなかった。

 その質問に鈴木さんは、あっさりとこう答えた。「なりゆきです」
 VOICEは廃業してしまった映画館「パンテオン」の跡に入った店だ。ただ幸運なことに、パンテオンの機材が昔のまま残っていた。「CINEMA VOICE」とは、その機材を使って、クラブ経営の空き時間に映画を上映しよう、とVOICEが立ち上げた映画館プロジェクトだったのだ。
 ただひとつ計算外のことがあった。当初はクラブを経営する会社の社員が映画の編成を担当するはずだったのだけれど、オープン直前にやめてしまって、社長は急遽、代わりを探していた。そこで水戸に住んで映画を作っている鈴木さんに「やってみないか?」と話が回って来たのだという。ちょうど2年前のことだった。
 ご存知の通り、映画を作るには、人手もお金も、ものすごくかかる。でも、ここCINEMA VOICEでいろんな人と関わっていけば、これから映画を作る上でいろいろと役に立つかもしれない……。そんな算段もあって鈴木さんは、この話を引き受けたのだった。

 映画館の運営というのは、実際、かなり大変だ。映画以外の娯楽が多様になり、客足が年々減少している映画業界。シネコンのような大手ならともかく、町の小さな映画館というのは、日本全国どんどん減っていくばかりで、誰も手を上げたがらないのは当たり前だ。ちなみに水戸市内で大手以外の映画館は、ここCINEMA VOICEだけ。
 この二年間というもの、鈴木さんも映画館運営の難しさを痛感し、お客を増やすために試行錯誤の連続だった。次回作の構想を練りながら、1日中映画館にいて、昼から夜まで映画をかけていた時期もあった。結果、あまりにも自分の時間がなくなってしまい、それがストレスになってしまったこともある。

映画監督で、CINEMA VOICEの企画運営をしている鈴木洋平さん。

「映画監督が携わる映画館というのは珍しいと思いますよ」と鈴木さんは教えてくれた。昨年、高知で安藤桃子監督による映画館がオープンしたのが話題になったが、他にはほとんどないだろう。外国でもクエンティン・タランティーノやアキ・カウリスマキなど、既に成功した数少ない監督たちが、自身の経済力を持って、自分の好きな映画をかける映画館をやっているくらいだという。

 しかし「図らずも引き受けたことだけど、決して、やりたくなかったことではなかったです」という鈴木さん。
 映画監督である鈴木さんにとって、それまでは「お客さん」とは自分の映画を見てくれる人だったけど、今は、自分がかける映画を見てくれる人も、同じ大切なお客さんである。「自分がかけたい映画の上映が決まったら、とりあえず二週間、その作品と丁寧に付き合う。自分の作品と同じように、他人が作った映画を大切に扱うことは、大事な経験になると思って」と鈴木さんは言うのだった。

 そうして現在は、鈴木さんが注目している、若くて力のある映画監督の作品を中心に、マイナーだけど良質な国内外の映画を上映しているのだ。
 さらに月に1、2回ほど、セレクトした映画に携わっている映画人たちをゲストに呼んでトークを行っている。ゲストは監督であったり俳優であったり、さまざまだ。聞き手はもちろん、いつも鈴木さんだ。
 上映する映画と共に、飾り気のない鈴木さんのトークと、ゲストとのやりとりを楽しみにしてやって来る常連客もいる。

映画が始まる前のCINEMA VOICEのようす。
このエントリーをはてなブックマークに追加


未知の細道 No.109

松本美枝子

1974年茨城県生まれ。生と死、日常をテーマに写真と文章による作品を発表。
主な受賞に第15回「写真ひとつぼ展」入選、第6回「新風舎・平間至写真賞大賞」受賞。
主な展覧会に、2006年「クリテリオム68 松本美枝子」(水戸芸術館)、2009年「手で創る 森英恵と若いアーティストたち」(表参道ハナヱ・モリビル)、2010年「ヨコハマフォトフェスティバル」(横浜赤レンガ倉庫)、2013年「影像2013」(世田谷美術館市民ギャラリー)、2014年中房総国際芸術祭「いちはら×アートミックス」(千葉県)、「原点を、永遠に。」(東京都写真美術館)など。
最新刊に鳥取藝住祭2014公式写真集『船と船の間を歩く』(鳥取県)、その他主な書籍に写真詩集『生きる』(共著・谷川俊太郎、ナナロク社)、写真集『生あたたかい言葉で』(新風舎)がある。
パブリックコレクション:清里フォトアートミュージアム
作家ウェブサイト:www.miekomatsumoto.com

未知の細道とは

「未知の細道」は、未知なるスポットを訪ねて、見て、聞いて、体感して毎月定期的に紹介する旅のレポートです。
テーマは「名人」「伝説」「祭り」「挑戦者」「穴場」の5つ。
様々なジャンルの名人に密着したり、土地にまつわる伝説を追ったり、知られざる祭りに参加して、その様子をお伝えします。
気になるレポートがございましたら、皆さまの目で、耳で、肌で感じに出かけてみてください。
きっと、わくわくどきどきな世界への入り口が待っていると思います。