それにしても、鈴木さんはなぜ、ここのプログラム・ディレクターを引き受けたのだろう? だって映画監督って、映画を作るのに忙しいんじゃないだろうか? それにいくら映画つながりだからと言って、映画監督が映画館の企画運営を行うなんて、これまで聞いたことがなかった。
その質問に鈴木さんは、あっさりとこう答えた。「なりゆきです」
VOICEは廃業してしまった映画館「パンテオン」の跡に入った店だ。ただ幸運なことに、パンテオンの機材が昔のまま残っていた。「CINEMA VOICE」とは、その機材を使って、クラブ経営の空き時間に映画を上映しよう、とVOICEが立ち上げた映画館プロジェクトだったのだ。
ただひとつ計算外のことがあった。当初はクラブを経営する会社の社員が映画の編成を担当するはずだったのだけれど、オープン直前にやめてしまって、社長は急遽、代わりを探していた。そこで水戸に住んで映画を作っている鈴木さんに「やってみないか?」と話が回って来たのだという。ちょうど2年前のことだった。
ご存知の通り、映画を作るには、人手もお金も、ものすごくかかる。でも、ここCINEMA VOICEでいろんな人と関わっていけば、これから映画を作る上でいろいろと役に立つかもしれない……。そんな算段もあって鈴木さんは、この話を引き受けたのだった。
映画館の運営というのは、実際、かなり大変だ。映画以外の娯楽が多様になり、客足が年々減少している映画業界。シネコンのような大手ならともかく、町の小さな映画館というのは、日本全国どんどん減っていくばかりで、誰も手を上げたがらないのは当たり前だ。ちなみに水戸市内で大手以外の映画館は、ここCINEMA VOICEだけ。
この二年間というもの、鈴木さんも映画館運営の難しさを痛感し、お客を増やすために試行錯誤の連続だった。次回作の構想を練りながら、1日中映画館にいて、昼から夜まで映画をかけていた時期もあった。結果、あまりにも自分の時間がなくなってしまい、それがストレスになってしまったこともある。
「映画監督が携わる映画館というのは珍しいと思いますよ」と鈴木さんは教えてくれた。昨年、高知で安藤桃子監督による映画館がオープンしたのが話題になったが、他にはほとんどないだろう。外国でもクエンティン・タランティーノやアキ・カウリスマキなど、既に成功した数少ない監督たちが、自身の経済力を持って、自分の好きな映画をかける映画館をやっているくらいだという。
しかし「図らずも引き受けたことだけど、決して、やりたくなかったことではなかったです」という鈴木さん。
映画監督である鈴木さんにとって、それまでは「お客さん」とは自分の映画を見てくれる人だったけど、今は、自分がかける映画を見てくれる人も、同じ大切なお客さんである。「自分がかけたい映画の上映が決まったら、とりあえず二週間、その作品と丁寧に付き合う。自分の作品と同じように、他人が作った映画を大切に扱うことは、大事な経験になると思って」と鈴木さんは言うのだった。
そうして現在は、鈴木さんが注目している、若くて力のある映画監督の作品を中心に、マイナーだけど良質な国内外の映画を上映しているのだ。
さらに月に1、2回ほど、セレクトした映画に携わっている映画人たちをゲストに呼んでトークを行っている。ゲストは監督であったり俳優であったり、さまざまだ。聞き手はもちろん、いつも鈴木さんだ。
上映する映画と共に、飾り気のない鈴木さんのトークと、ゲストとのやりとりを楽しみにしてやって来る常連客もいる。

松本美枝子