2014年のこと、ライチョウの絶滅の恐れが高まる中、環境省で「ライチョウ保護増殖検討会」が立ち上がった。宮野さんも含めた有識者たちが野生のままでライチョウが存続していくためには、どうしたらいいのか議論し、生息域内での保全と生息域外での保全それぞれについて、どうするべきか話し合われたのだ。そして生息域外、つまり山博を含めた日本動物園水族館協会に加盟している施設で、野生復帰ができる資質を持ったライチョウを育てていこう、ということになったのである。そしてこれは山博が久しぶりにライチョウ飼育を再開する、ということでもあった。
ライチョウは卵から孵すことはできても、育てるのが難しい。またライチョウが、なぜ厳しい高山の上で生きていけるのか、その生態もまだよくわかっていない。そんなライチョウをどのように人工飼育ができるか、山博では高山での生態を常に考えながら、オス2羽とメス4羽を育てている。特に繁殖には、山の中の温度や光を再現することも重要だ。飼育の黎明期には鶏に卵を抱かせて孵化させたこともあったそうだが、現在は温度管理が徹底された孵卵器と育雛器の中で育てている。成長してからもライチョウ舎につないでいる19台のカメラで、24時間体制で生態を観察している。
例えば、ライチョウは体の中に非常に長い盲腸をもっている。ライチョウの餌である高山植物は実は毒素が強い。長い盲腸のなかの腸内細菌が、高山植物の毒素を解毒し、繊維を分解して栄養源にしているのだろう、と考えられている。
それで3年前から大学で野生のライチョウと人工飼育のライチョウ、それぞれの排泄物の中の腸内細菌を研究し、それを人工飼育に役立てているのだという。ライチョウの飼育の現場では常に、大学の最先端の研究と連携している。それは人間の最先端の医療と同じようなレベルだというから驚きだ。
「ライチョウたちは月に1回は腸内細菌を調べる健康診断をやっているので、僕ら人間よりライチョウの健康管理の方が凄いですね」と宮野さんは笑った。
明るいニュースもある。ライチョウが絶滅したと思われていた中央アルプスで、昨年、実に50年ぶりにメスが一羽だけ、発見されたのだ。今年もまだその一羽が生きており、冬を越せたということは、これからも中央アルプスで生き延びることは可能だろう、と言われている。中央アルプスにもう1度ライチョウの群れを復活させることができないか、環境省ではそのプランを6月に実施した。
この1羽のメスが昨年産んだ卵を調べたところ、当然ながら無精卵だった。そこで今年このメスの巣をみつけ、さらに生息地の一つである乗鞍岳で産卵中の巣から6個の有精卵を取り上げて卵の入れ替えを行った。あとはメスがヒナを育ててくれるのを待つばかりだ。
山博でもこのプロジェクトに飼育の現場として協力し、乗鞍岳での巣探しの作業を宮野さんたちも行った。
さて環境省のライチョウの保護増殖事業が始まってから、大町山岳博物館では繁殖に万全を期すため、しばらくの間、非公開で繁殖を進めてきたが、今年の3月から併設の付属園で公開展示が始まった。