遡ること3時間前。
私は茨城県行方市にある「天然屋」を訪れていた。「金魚」と大きく書かれた建物に入っていくと、大きな水槽が4つ。行方市の特産品や釣り道具と並んで、金魚すくい大会のポスターやトロフィーが目に入る。間違いなく、私の目的地「金魚すくい塾」だ。


行方市は、琵琶湖に続いて国内で2番目に大きな湖、霞ヶ浦の恩恵を受け、金魚や鯉の養殖が盛んだった。しかし、少子化やお祭りで金魚すくいを商売にする業者の減少もあって金魚すくい自体が激減。バブル期に飼われていた高級魚の餌としての金魚の需要も減ったことなどから、10軒あった金魚養殖業者が、半分まで減ってしまったという。


そこで立ち上がったのが天然屋の店長、大河さん。市と協力して全国的に行方市の金魚を宣伝しようと11年前、金魚すくい塾を始めた。108メートルの長い水槽で金魚をすくうギネスに挑戦するなど、町おこしに取り組み始めたのだ。何を隠そう、塾長の大河さんは金魚ビジネスのプロだった。
「15年前、『金魚すくいセット』っていうのを作ったんだよ、金魚とポイと袋をセットにして。それがびっくりするくらい売れた」
その当時、金魚すくいセットを扱っている業者は他になく、自治体のお祭りなどのために各地からの注文が殺到したそうだ。他にも、田んぼに金魚を放し「金魚が泳げる安心安全な無農薬のお米」と謳った『金魚米』を売り出したところ、こちらも大当たり。「金魚で蔵が立ちそうだったよ」と笑った。
大河さんは行方市を金魚すくいで盛り上げようと、金魚の産地として有名な奈良県大和郡山市で行われる『全国金魚すくい選手権大会』の予選会も誘致。自身も全国大会に出場する猛者たちの動画を撮って研究し、金魚すくいの腕を磨いた。
「やればやるだけ上手になるからね。最近は生徒たちに敵わなくなってきたけど」
ブログに載っている「月間ランキング」ではほとんどの月で塾長がトップ。けれど確かに、塾内に張り出された7月のランキングでは72匹の塾長を抑えて、74匹をすくった塾生がトップだった。
金魚すくいを多くの人に楽しんでもらおうと、大河さんは老人ホームや企業のイベントへの「出張金魚すくい」も始めた。車椅子や高齢者の人が座ったまま金魚すくいができるように高い位置に改良した水槽を持参して、金魚すくいを楽しんでもらうのだ。
「老人ホームでやったときは、可笑しかったな。立てないって言ってたばあちゃんが、金魚すくいしているうちに気がついたら立ち上がってて。スタッフの人が『ばあちゃん、立てんだっぺよ!』って」
夢中になって金魚を追っているうちに手足がいつもより動く人が多く、リハビリ効果や認知症予防も期待されているそうだ。
現在、金魚すくい塾に通う常連の塾生は約70人。そのなかで行方市民は10人ほどで、静岡や山梨、埼玉など県外から定期的に通ってくる人が多いそうだ。そのなかで全国大会にいくのは毎年20~30名。応援団も含めて50名ほどを、行方市から奈良へ連れて行くのが大河さんの恒例行事となっている。