未知の細道
未知なる人やスポットを訪ね、見て、聞いて、体感する日本再発見の旅コラム。
55

東京の森で深呼吸をしよう 「東京最後の野生児」と歩く
奥多摩

文= 川内有緒
写真= 川内有緒
未知の細道 No.55 |20 Nobember 2015 この記事をはじめから読む

#5「川で死んでもお前の責任」

 土屋さんは、生まれも育ちも青梅なので、まさにここら辺が地元だ。近所に蛍が飛んでいるようなきれいな環境だったが、小学校の同級生たちはみんなファミコンに夢中。そんな中、土屋少年は森の中を駆けずり回り、川に飛び込んで魚を捕まえた。学校から借りた孵卵器に卵を入れて、今か今かとヒヨコの誕生を待つような子どもだった。
 少年の父親は消防士で、夜勤が終わって家に戻るなり、「釣りに行くぞ!」と飛び出すような人だった。父親は息子に、川魚を捕まえ方や口笛で鳥を呼ぶ方法を教えた。
「小学校3年生くらいの時、他の家では危ないから川には近づいてはいけないと言われてたみたいだけど、僕は逆に川には宝があるから、どんどん川に行けと言われていた。自分で何が危ないかを知らないといけない。もしそれでお前が死んでも、お前の責任だと。おかげで本当に溺れそうになった時もありましたけどね」と土屋さんは懐かしそうに話した。今の時代そんな親は、とてもレアだろう。
 高校生になった少年が好きな科目は、やはり生物。当時から、免疫とかNK細胞(ナチュラルキラー細胞)の活性化などの話を聞くのが大好きだった。NK細胞は、免疫機能の一つで、体内に異常な細胞が現れた時に、それを攻撃する非常に重要な防衛機構である。
 入部した生物部では、フライフィッシングが大好きな先生が顧問だったので、しょっちゅう釣りに出かけた。すでに、「森林セラピスト」としての芽吹きを感じさせるが、その頃は「森林セラピー」などという職業はこの世に存在していなかった。


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未知の細道 No.55

川内 有緒

日本大学芸術学部卒、ジョージタウン大学にて修士号を取得。
コンサルティング会社やシンクタンクに勤務し、中南米社会の研究にいそしむ。その合間に南米やアジアの少数民族や辺境の地への旅の記録を、雑誌や機内誌に発表。2004年からフランス・パリの国際機関に5年半勤務したあと、フリーランスに。現在は東京を拠点に、おもしろいモノや人を探して旅を続ける。書籍、コラムやルポを書くかたわら、イベントの企画やアートスペース「山小屋」も運営。著書に、パリで働く日本人の人生を追ったノンフィクション、『パリでメシを食う。』『バウルを探して〜地球の片隅に伝わる秘密の歌〜』(幻冬舎)がある。「空をゆく巨人」で第16回開高健ノンフィクション賞受賞。

未知の細道とは

「未知の細道」は、未知なるスポットを訪ねて、見て、聞いて、体感して毎月定期的に紹介する旅のレポートです。
テーマは「名人」「伝説」「祭り」「挑戦者」「穴場」の5つ。
様々なジャンルの名人に密着したり、土地にまつわる伝説を追ったり、知られざる祭りに参加して、その様子をお伝えします。
気になるレポートがございましたら、皆さまの目で、耳で、肌で感じに出かけてみてください。
きっと、わくわくどきどきな世界への入り口が待っていると思います。