未知の細道
未知なる人やスポットを訪ね、見て、聞いて、体感する日本再発見の旅コラム。
55

東京の森で深呼吸をしよう 「東京最後の野生児」と歩く
奥多摩

文= 川内有緒
写真= 川内有緒
未知の細道 No.55 |20 Nobember 2015 この記事をはじめから読む

#10「森の演出家」として生きる

 土屋さんが再び奥多摩に戻ってきた2009年ごろ、彼にとってとても幸運な変化が起こっていた。まず、奥多摩で東京初の森林セラピートレイルが整備されたこと。そして、ガイドとしての資格制度が始まったことだ。森と生きようと願っていた土屋さんは、「これだ!」とばかりに、急いで資格試験を受けた。そしてみごとに、奥多摩市の森林セラピーガイド第1号としての認定を受けた。仕事として森を歩けることに大きな喜びを感じ、これこそが自分の求めていた仕事だ、天職だと実感した。
 しかし、それから一年数ヶ月が経った頃、東日本大震災が起こる。
「3.11後は自粛ムードもあり、青梅・奥多摩にもお客さんがまったく訪れなくなりました。仕事として山に行けなくなり、家にいることも多くなった。いやがおうにも、自分はこれからも森林セラピストとして生きていけるのかと考え始めたんです」
 ちょうどその頃、被災地に震災の現状を見にいき、いかに人間が自然に対して無力か、そしてコミュニティの希薄さを思い知った。その時、急に「何かが降りてきた」。自分が次のステージでやるべきことが見えたのだ。
 それは、人がコミュニティのつながりを取り戻し、さらに森の中で、「野生」を取り戻す手伝いをすることだった。五感をフルに使って、ものごとを感じとる。それは、自分自身の体の状態に気づくことでもある。それは、「癒し」や「セラピー」から一歩先に進んだ活動になる。
「でも、本当に仕事になるのかは不安でした。本当にこれで暮らしていけるのかなって」
 しかし、思いついた以上にやるしかない。公認の森林セラピーの活動を続ける傍で、活動を開始した。最初に乗り出したのは、その拠点となる古民家を借りることだった。

このエントリーをはてなブックマークに追加


未知の細道 No.55

川内 有緒

日本大学芸術学部卒、ジョージタウン大学にて修士号を取得。
コンサルティング会社やシンクタンクに勤務し、中南米社会の研究にいそしむ。その合間に南米やアジアの少数民族や辺境の地への旅の記録を、雑誌や機内誌に発表。2004年からフランス・パリの国際機関に5年半勤務したあと、フリーランスに。現在は東京を拠点に、おもしろいモノや人を探して旅を続ける。書籍、コラムやルポを書くかたわら、イベントの企画やアートスペース「山小屋」も運営。著書に、パリで働く日本人の人生を追ったノンフィクション、『パリでメシを食う。』『バウルを探して〜地球の片隅に伝わる秘密の歌〜』(幻冬舎)がある。「空をゆく巨人」で第16回開高健ノンフィクション賞受賞。

未知の細道とは

「未知の細道」は、未知なるスポットを訪ねて、見て、聞いて、体感して毎月定期的に紹介する旅のレポートです。
テーマは「名人」「伝説」「祭り」「挑戦者」「穴場」の5つ。
様々なジャンルの名人に密着したり、土地にまつわる伝説を追ったり、知られざる祭りに参加して、その様子をお伝えします。
気になるレポートがございましたら、皆さまの目で、耳で、肌で感じに出かけてみてください。
きっと、わくわくどきどきな世界への入り口が待っていると思います。