香り溢れる「登計トレイル」を歩き続けると、急に不思議な空間に出た。森が大きく開け、巨大な木の板が空に向かって立てかけられて、大きなベンチになっている。
土屋さんが腰掛けたので、私も腰をおろした。すると、自然にリクライニングした状態になり、目の前に空だけが広がった。どうやら、空を見るためのベンチらしい。ゆるやかな風と背中に感じる木の感触がなんともいえず心地いい。
私たちは、ゆったりとベンチに身を任せて、流れゆく雲を見ていた。最初は、「あの雲、動物の形に見えますね」などとはしゃいでいたが、自然に二人とも無言になった。もう人間の発する音が邪魔になったのだ。
いつの間にか、私は寝入ってしまったようだ。目が覚めると、相変わらずやわらかな日差しに包まれていた。眠りは極上だったようで、すばらしい爽快感に包まれていた。ふと横を見ると、土屋さんも気持ちよさそうに寝ていた。
このベンチも森林セラピーのしかけのひとつだ。リクライニングの角度も人間工学に基づいたもので、体への負担が少なくリラックスできるようなっている。次にここにくる時は、ポットにいれたコーヒーとお気に入りの本を持ってこようと思った。


実際にトレイルを歩いてみるとわかるが、ここは圧倒的に歩きやすい。木製チップのおかげで足に負担が少なく、休む場所もたくさんある。一人でくつろげる椅子や、座ると絶景が見られる座観スペース、コーヒーを飲みたくなるテーブルなどが絶妙な距離感で配置されている。また、ひとつひとつの什器が驚くほど美しい。
トレイルは、まるで都会と森をつなぐ列車のようにも感じる。本来、森というものは恐ろしい場所でもある。道を間違えれば暗く、寂しく、勾配もきつく、怪我をすることだってある。しかし、細部に至るまでストレスを軽減するために設計されたこの道は、そんなキツさとは無縁だ。都会で疲れた人々のために生まれ、本物の森と都会をつなぐ乗り物となる。セラピーガイドは、その森への列車を率いる車掌の役割を果たすのだ。
しばらく行くと、今度は森に張り出したウッドデッキのような空間が現れた。ヨガをするもよし、わいわいとお弁当を食べるのもよし、使い方は自由だ。私たちは大の字になって、ごろんと寝転がって空を見上げた。
「ね、森を楽しむのに、なんにも道具はいらないんです。自分がリラックスできる場所を探したり、いろいろなものを触ってみたり。風を感じたり。だから僕のガイドは、いかにお客さんが五感で森を感じる“アシスト”をするかなんです。そして、次回はお客さん自身で同じようにリラックスしたり、風を感じられるようになれば、それでいいんですよ」

川内 有緒