未知の細道
未知なる人やスポットを訪ね、見て、聞いて、体感する日本再発見の旅コラム。
55

東京の森で深呼吸をしよう 「東京最後の野生児」と歩く
奥多摩

文= 川内有緒
写真= 川内有緒
未知の細道 No.55 |20 Nobember 2015 この記事をはじめから読む

#12鶏小屋に閉じ込められる幸運

 現在、「森の演出家」としての活動の拠点となっているのは、御岳駅から近い古民家である。築年数は、150年。中には自作の囲炉裏があり、ここは、自然と共に暮らす人のための循環型の家だ。玄関脇には鶏小屋で鶏が卵を産み、裏庭には自然農法で作った野菜やハーブが元気に育っている。中に入れば自作の囲炉裏があり、釣ってきた魚を焼いて食べられる。
「もともと古民家に住むのが夢でした。それで、たまたまこの家を見つけて、ここだって。理由は駅ちかだってこと。お客さんがたくさん来るかなって!」
 借りた当時の家はとても住める状態ではなかったが、全てDIYで修繕。古民家に住む上で修繕は最大の鍵となる。なにもかも自分でできない限り、古民家には住む資格はない。
 移住当初、近隣の人はどこかよそよそしかった。もっと地元コミュニティに馴染む方法がないかと悩んでいたある日、「とてもラッキーなことがあった」。それは、自作の鶏小屋に閉じ込められる、という小さな事件だ。
「鶏が卵をうむ時、気性が荒くなるんです。バタバタ暴れて逃げようとするから、扉を閉めたら鍵がカシャンとかかってしまった。携帯電話で近所の人に助けを求めたら、そのことが回覧板よりすごい勢いで近隣に広がって、『鶏小屋に閉じ込められた、お面白い兄ちゃん』と認識されるようになりました。鶏小屋に閉じ込められてよかったなあ、って思いました!」
 それから、地元の人に野菜や卵を届けたり、飲み会を開いたりして、徐々にコミュニティに受け入れてもらえるようになった。今や近隣のおばあちゃんたちがアポなしでお茶を飲みにくるほど親しくなった。なにはなくても人とのつながりさえあれば、人は困難を乗り越えられる。それは、銀行にお金がいっぱいあるよりも確かな安心かもしれない。


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未知の細道 No.55

川内 有緒

日本大学芸術学部卒、ジョージタウン大学にて修士号を取得。
コンサルティング会社やシンクタンクに勤務し、中南米社会の研究にいそしむ。その合間に南米やアジアの少数民族や辺境の地への旅の記録を、雑誌や機内誌に発表。2004年からフランス・パリの国際機関に5年半勤務したあと、フリーランスに。現在は東京を拠点に、おもしろいモノや人を探して旅を続ける。書籍、コラムやルポを書くかたわら、イベントの企画やアートスペース「山小屋」も運営。著書に、パリで働く日本人の人生を追ったノンフィクション、『パリでメシを食う。』『バウルを探して〜地球の片隅に伝わる秘密の歌〜』(幻冬舎)がある。「空をゆく巨人」で第16回開高健ノンフィクション賞受賞。

未知の細道とは

「未知の細道」は、未知なるスポットを訪ねて、見て、聞いて、体感して毎月定期的に紹介する旅のレポートです。
テーマは「名人」「伝説」「祭り」「挑戦者」「穴場」の5つ。
様々なジャンルの名人に密着したり、土地にまつわる伝説を追ったり、知られざる祭りに参加して、その様子をお伝えします。
気になるレポートがございましたら、皆さまの目で、耳で、肌で感じに出かけてみてください。
きっと、わくわくどきどきな世界への入り口が待っていると思います。