引っ越しから一年後の夏、夢にまで見た最初の馬がやってきた。名前は、出身地の北海道からとって、「ドウ」に決めた。しかし、そのドウは菅野さんを大いに戸惑わせた。
「それまで、乗馬クラブの熟練の練習馬しか知らなかったから、そうでない馬がこんなに扱いにくいなんて知らなかった。みんなおとなしくて背中に乗せてくれるものだと思っていたのに、実際は綱につなぐだけでも大変。馬の乗り方は習ってたけど、中途半端じゃとうてい太刀打ちできないとわかった。あの時は、百メートル乗るのもイヤだ、早く下りたいって。それくらい乗れなかった」
と菅野さんは苦笑する。さらには馬に蹴られて大怪我をした。
「それも、これも馬の扱いを知らないが故でした。神経質な馬の後ろにいきなり立ってはいけないなどの基礎中の基礎さえも知らなかった」
しかし、もうあとには引けない。ヘルメットをかぶって命がけで飛び乗った。そして、振り落とされては落馬し、気絶したこともあった。
「気がついたらパソコンの前にいて。あれ!?って。どうも記憶喪失になっちゃったみたいなんですよ」
そういうわけで、次は「とにかく、おとなしい馬!」という条件で探した。そうやってきた一頭が、白茶の斑(ぶち)毛が愛らしい、扱いやすそうな「ダイフク」だった。
ところが─。
「ダイフクは人にまったく慣れていなくて、近寄ると逃げてしまう。いつもお尻を向ける拒絶行動を取って。今思えば、いくらおとなしくても、人に慣れてなければ怯えますし、恐怖心で蹴ることもあるんです。でも、それも知らないから、え、なんでおとなしい馬を頼んだのに、こういう気性の荒い馬が来るんだろうと悩みました」
乗ろうとしてはふり落とされ、骨折だけでも三回。自分だけが頼りの牧場で、骨折とは致命的である。骨折した腕をつりながら途方にくれた。
「でも、考えている間にも草は伸びるし、馬はうんこするんですよ」
というわけで、片手での肉体労働が果てしなく続く。そうこうするうちに新しい馬たち、猫、牧羊犬も仲間入りし、牧場はどんどん賑やかになっていった。



川内 有緒