未知の細道
未知なる人やスポットを訪ね、見て、聞いて、体感する日本再発見の旅コラム。
64

人も町も発酵する小さな王国・神崎

歌って、踊って、ぐるぐる回って、さあ発酵!

文= 川内有緒
写真= 川内有緒
未知の細道 No.64 |10 April 2016
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#5町で一軒だけの喫茶店

 次なる目的地は、お里ちゃんのオススメの喫茶店、『Little Forest ゆうゆう』。オススメもなにも、神崎にはスターバックスはおろか、喫茶店やカフェはここだけだ。
 中に入ってみると、そこは田んぼが見わたせる陽だまりのような場所だった。さっそく名物のカレーを頼み、ランチタイムということで、町役場から抜け出してきたお里ちゃん、そして店主の千葉貴美子さんとおしゃべりをした。
 ここは、遡ること数年前に、生まれも育ちも神崎の女性四人が、トンテンカンと手作りで作ったのだそうだ。そのうちのふたりが、お里ちゃんと千葉さん。お里ちゃん、あなたは本当に町役場の人なの?
「町役場の職員でもなく、お母さん(中学生の娘さんがいる)でもなく、一人の“澤田聡美”に戻れる場所がここなんです」とお里ちゃんは言う。
 ここは神崎の要所だ。ここしかないからこそ、誰もかれもがここに集まる。町民だけではなく、外から来た人と町の人との情報交換の場所としても機能する。どこで何が売っているとか、あそこで畑を借りられるらしいとか、そういった生の情報が集まる場所だ。その日も、新たに養蜂をやろうと考えている人が来ていた。「めだか通信」という手作りの冊子まで発酵……、じゃなくて発行しているし、一角では、町の人が作った発酵食品も売られている。
「ここに来ると、みんなお互いに話しかけるので友達になるんですよ。でも、一人で来るおじさんも結構多いですね」(千葉さん)

 カレーを食べ終えた頃に、そうだ、私は神崎に発酵について学びに来のだと思い出し、「そうだ、千葉さん、発酵っていったいなんですか」と慌てて聞いてみた。
「そうねえ、良く変わることかな!」と千葉さんは微笑んだ。
 確かに、発酵した食品はより美味しくなり、栄養価も高くなる。それは、やはり微生物の働きのおかげだ。タンパク質が、アミノ酸に分解され、うま味の元になる。
 その時、お里ちゃんはこんなことを付け加えた。
「でも、お酒ってひとつの菌じゃ発酵しないんですよ! いろんな菌が醸しあって発酵する。それと同じように、人も町も神崎だけの菌じゃ発酵しないんですよ。いろんな菌が外から入ってきて初めてうまく発酵するんです。だから、今日みたいにわざわざ川内さんがここに来てくれて、本当にありがたいです!」
 つまりは、町の発展には外からの刺激が大切だと言っているのだが、お里ちゃんはなんでも発酵になぞらえてアッパレだ。ということは、雑多な人々が集まり、情報を交換し、新たなものが生み出される『ゆうゆう』こそが、巨大なぬかどころみたい。なるほどなあ、「良く変わる」ためには、雑多な菌が集まる場が大切、と私はメモを取った。
「じゃあ、今のところ、この町の“発酵度合い”はどうですか?」と千葉さんに聞くと、その変化はまだポツリ、ポツリとしたものだとは言う。それでも少しずつ町は発酵、つまりは「よく変わってきた」と二人は口を揃えた。

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未知の細道 No.64

川内 有緒

日本大学芸術学部卒、ジョージタウン大学にて修士号を取得。
コンサルティング会社やシンクタンクに勤務し、中南米社会の研究にいそしむ。その合間に南米やアジアの少数民族や辺境の地への旅の記録を、雑誌や機内誌に発表。2004年からフランス・パリの国際機関に5年半勤務したあと、フリーランスに。現在は東京を拠点に、おもしろいモノや人を探して旅を続ける。書籍、コラムやルポを書くかたわら、イベントの企画やアートスペース「山小屋」も運営。著書に、パリで働く日本人の人生を追ったノンフィクション、『パリでメシを食う。』『バウルを探して〜地球の片隅に伝わる秘密の歌〜』(幻冬舎)がある。「空をゆく巨人」で第16回開高健ノンフィクション賞受賞。

未知の細道とは

「未知の細道」は、未知なるスポットを訪ねて、見て、聞いて、体感して毎月定期的に紹介する旅のレポートです。
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様々なジャンルの名人に密着したり、土地にまつわる伝説を追ったり、知られざる祭りに参加して、その様子をお伝えします。
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