未知の細道
未知なる人やスポットを訪ね、見て、聞いて、体感する日本再発見の旅コラム。
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人も町も発酵する小さな王国・神崎

歌って、踊って、ぐるぐる回って、さあ発酵!

文= 川内有緒
写真= 川内有緒
未知の細道 No.64 |10 April 2016
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#6340年続く酒蔵、寺田本家

 その30分後。今度は、私は古い蔵のなかで、微生物たちの唄ごえに耳を澄ませていた。それは、プツプツというかすかな音。不思議だ。普通に置いておいたら腐ってしまうお米が、この蔵の中ではお酒になるんだ……。私がいるのは、寺田本家の酒蔵である。

 発酵に興味を持った人が必ずと言っていいほど出会う場所、それが寺田本家だ。
 創業は1673年で約340年前。機械や添加物を一切使わずに、その蔵に住みつく微生物の力に任せて酒造りを行う全国的にも珍しい酒蔵である。そこで生み出されるお酒は、一般的な「淡麗辛口」とは全く違う自由な味で、ファンがとても多い。その酒蔵祭り、『お蔵フェスタ』には五万人の人を集めるほど。屋台あり、ライブあり、伝統芸能ありという賑やかなフェスティバルのフィナーレはあの盆踊りである。
♪ はい、発酵、発酵 ぐーるぐる! はい、発酵、発酵 ぐーるぐる!

「雑菌もウェルカム。いろんな菌がいた方がいい。多様性が重要です」と優さん。

 紺色のはんてんを着た二十四代目当主の寺田優さんは、唄うようなリズムで話を始めた。
「いるんだろうなあって感じてる。ふわふわ漂っているのかなって。ぶくぶく音がしているのが、まるで喋っているみたいで、ああ、生きてるんだなあって。話しかけますよ、おいしいお酒を造ってくれてありがとうとか。毎日、毎日お世話しますから、赤ちゃんを育てているみたいに布団をかけて、はがして。寒すぎるかなあ、暑すぎるかなって。ある意味、子どもより手がかかるかも」
 「いる」「赤ちゃんみたい」と彼がいうのは、もちろん微生物のことだ。もともとは動物専門のカメラマンだった優さんは、ここの娘さんと付き合っていたことがきっかけで酒づくりを手伝い始め、数年前に婿養子となり後を継いだ。
「最初は、かるーい気持ちで手伝いにきました。お手伝いっていうよりも、遊んでるって感じだった。責任もなく好き勝手やって。先代は面白い人だったんですよ。社長の仕事は微生物に感謝することだって言ったりして」
 話は横に逸れるが、この寺田本家は不思議なところで、代々女の子しか生まれない。だから、先代たちもずっと婿養子なのである。

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未知の細道 No.64

川内 有緒

日本大学芸術学部卒、ジョージタウン大学にて修士号を取得。
コンサルティング会社やシンクタンクに勤務し、中南米社会の研究にいそしむ。その合間に南米やアジアの少数民族や辺境の地への旅の記録を、雑誌や機内誌に発表。2004年からフランス・パリの国際機関に5年半勤務したあと、フリーランスに。現在は東京を拠点に、おもしろいモノや人を探して旅を続ける。書籍、コラムやルポを書くかたわら、イベントの企画やアートスペース「山小屋」も運営。著書に、パリで働く日本人の人生を追ったノンフィクション、『パリでメシを食う。』『バウルを探して〜地球の片隅に伝わる秘密の歌〜』(幻冬舎)がある。「空をゆく巨人」で第16回開高健ノンフィクション賞受賞。

未知の細道とは

「未知の細道」は、未知なるスポットを訪ねて、見て、聞いて、体感して毎月定期的に紹介する旅のレポートです。
テーマは「名人」「伝説」「祭り」「挑戦者」「穴場」の5つ。
様々なジャンルの名人に密着したり、土地にまつわる伝説を追ったり、知られざる祭りに参加して、その様子をお伝えします。
気になるレポートがございましたら、皆さまの目で、耳で、肌で感じに出かけてみてください。
きっと、わくわくどきどきな世界への入り口が待っていると思います。