日もだいぶ暮れてきた頃、ただいま~と一人の女性が帰ってきた。大雅さんの奥さん、麻香さんである。
麻香さんは普段は薬剤師として、薬局で働いている。
麻香さんはこれまで、大雅さんがしてきた数々の突飛なことに、驚いたり反対することはなかったのだろうか?
すると麻香さんは「私はどんなことが起きても、これはすべて想定内だ! って思うようにしてるんです。そうすると何が起きても大丈夫」とにっこりしながら言う。
うーん、これは一枚上手の女性だなあ……と私は麻香さんのほんわかした笑顔を見て思った。
麻香さんはアートフェアなどの出張について行って裏方として働くことはあるが、本業はやっぱり薬剤師だ。麻香さんが外で働くのも、もしも何かあったら、いつでも自分がサロンコジカを支えられるようにするためなのだそうだ。
自分はギャラリーの表に立つわけではないけれど、もっと広い世界に出ていけるギャラリーになってほしい——そのためにも日々、自分の仕事をする麻香さんなのであった。
さて、すっかり日が暮れて、一人の常連客がやってきた。門間さんである。
門間さんは公立の美術館の学芸員でもある。いわば美術の世界のプロだ。
そんな門間さんにとって、サロンコジカの面白さとは何なのか、聞いてみた。


「このギャラリーには、アートを身構えないで見せる、そんな工夫がありますよね」と門間さんはいう。
例えば公立の美術館や博物館にはどうしても必要な「この展覧会を今の世に見せる!」というような使命感は、ここにはない。
実はコマーシャルギャラリーも、案外、公立の施設のそんな雰囲気に引っ張られた企画を立てがちだけど、サロンコジカにはそれがないのだ、と門間さんは言う。
あくまでも大雅さんの好みを基準にして作品をセレクトする。肩肘を張らないで展示を見られる、そういう美術の楽しみ方を優先させた企画が多い。だけどその先にアートって良いものだな、とお客さんに感じさせる、そんなムードがあるのが、ここの一番良いところだ、と門間さんは重ねて言った。
美術館や教科書で見る作品ばかりが美術ではない。美術が多様であることをみんなに知ってほしい。
「だから、僕はここの展示をすごく信頼しているんです」と門間さんは語ってくれたのだった。
こういう高度な鑑賞者が常連客としてついているサロンコジカは、恵まれたギャラリーだなあ、と私は門間さんの話を聞いて思ったのだった。

松本美枝子