未知の細道
未知なる人やスポットを訪ね、見て、聞いて、体感する日本再発見の旅コラム。
78

この町に、またアート・プロジェクトがやってきた!

鯨ヶ丘商店街と「KENPOKU ART 2016 茨城県北芸術祭」

文= 松本美枝子
写真= 松本美枝子
未知の細道 No.78 |10 Ncvember 2016
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#2佐竹氏ゆかりの町

常陸太田市郷土資料館梅津会館

 茨城県北芸術祭が始まって、しばらくしたある日。私は初めて鯨ヶ丘の町に訪れていた。
 丘の上に登ると、まず町の中心にある、塔屋があるタイル張りの建物が目に入る。ここが茨城県北芸術祭・鯨ヶ丘商店街エリアの中心となる常陸太田市郷土資料館梅津会館だ。この建物は昭和11年に常陸太田市出身の実業家が建てたもので、現在は国の登録有形文化財となっており、市の文化財を保管、展示する資料館として使われている。昭和のレトロな雰囲気を残すこの建物は、この町のシンボルでもある。
 この梅津会館の1階で作品を展示しているアーティスト、深澤孝史さんが待っていてくれていた。深澤さんは地域の人々や場の持つ可能性を掘り起こす、ソーシャル型のアート・プロジェクトを数多く手がけるアーティストだ。

「茨城県北芸術祭」参加アーティストの深澤孝史さん

 深澤さんの今回の作品名は「常陸佐竹市」という。
 え? それって「常陸太田市」の間違いじゃないの?! と思う人もいるかもしれないが、そうではない。

 常陸太田市は水戸徳川家ゆかりの土地として、よく知られている。市内には徳川光圀の隠居所で、「大日本史」の編纂が行われたという西山荘などもある。しかし実は徳川氏が水戸に入る以前に、この地を含む現在の茨城県北の地に、470年間の長きにわたって勢力を保ってきた「佐竹氏」という一族がいた。関ヶ原の戦いの後、徳川氏によって秋田へと転封された佐竹氏は、その後、秋田の領主として広く知られるようになり、代わって茨城の歴史の表舞台からは姿を消してしまう。
 深澤さんはこの地域を知るうちに、実は常陸太田市の、中でも特に鯨ヶ丘の人々の暮らしに、今でも深く佐竹氏の記憶やスピリットが根付いていることがわかってきたのだという。鯨ヶ丘には佐竹氏の居城であった「舞鶴城」があったからである。ちなみに城の名の通り、当時は鶴が茨城の地にいたことも記録に残っている。町の中には戦国時代から続く家臣団の子孫だという人も少なくない。
 そこで深澤さんは佐竹氏の歴史や町の人々とのつながりを掘り下げ、もし歴史が変わっていれば実際にありえたかもしれない、想像上の「常陸佐竹市」を町の人々と共に立ち上げ、その歴史展示と「市民活動」のPRのプロセスを梅津会館で展示している。そして、同時に会期中さまざまな「市民活動」を町の人々と協働するアート・プロジェクトなのだ。

 

 展示では町の人々からインタビューを基にした文章と、昔からこの地に伝わる歴史資料を組み合わせながら、佐竹氏のスピリットがこの地域の人々に与えてきた影響力や人々の繋がりなどをテーマに、想像上の市の歴史を物語るインスタレーションを見せている。
「僕はいわばゲストキュレーターとして、ここの歴史資料を使いながら町と人を繋げていく、ということが作品なんです」と深澤さんは説明してくれた。

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未知の細道 No.78

松本美枝子

1974年茨城県生まれ。生と死、日常をテーマに写真と文章による作品を発表。
主な受賞に第15回「写真ひとつぼ展」入選、第6回「新風舎・平間至写真賞大賞」受賞。
主な展覧会に、2006年「クリテリオム68 松本美枝子」(水戸芸術館)、2009年「手で創る 森英恵と若いアーティストたち」(表参道ハナヱ・モリビル)、2010年「ヨコハマフォトフェスティバル」(横浜赤レンガ倉庫)、2013年「影像2013」(世田谷美術館市民ギャラリー)、2014年中房総国際芸術祭「いちはら×アートミックス」(千葉県)、「原点を、永遠に。」(東京都写真美術館)など。
最新刊に鳥取藝住祭2014公式写真集『船と船の間を歩く』(鳥取県)、その他主な書籍に写真詩集『生きる』(共著・谷川俊太郎、ナナロク社)、写真集『生あたたかい言葉で』(新風舎)がある。
パブリックコレクション:清里フォトアートミュージアム
作家ウェブサイト:www.miekomatsumoto.com

未知の細道とは

「未知の細道」は、未知なるスポットを訪ねて、見て、聞いて、体感して毎月定期的に紹介する旅のレポートです。
テーマは「名人」「伝説」「祭り」「挑戦者」「穴場」の5つ。
様々なジャンルの名人に密着したり、土地にまつわる伝説を追ったり、知られざる祭りに参加して、その様子をお伝えします。
気になるレポートがございましたら、皆さまの目で、耳で、肌で感じに出かけてみてください。
きっと、わくわくどきどきな世界への入り口が待っていると思います。