未知の細道
未知なる人やスポットを訪ね、見て、聞いて、体感する日本再発見の旅コラム。
78

この町に、またアート・プロジェクトがやってきた!

鯨ヶ丘商店街と「KENPOKU ART 2016 茨城県北芸術祭」

文= 松本美枝子
写真= 松本美枝子
未知の細道 No.78 |10 Ncvember 2016
この記事をはじめから読む

#3常陸佐竹市民になってみる

「市民」の皆さんと深澤仮市長

 さて梅津会館に入ってみると、資料館の入り口はすっかり「常陸佐竹市役所」となっている。もともとこの梅津会館は市役所としても使われていたのだというから、なんともぴったりな空間である。
 そして窓口でボランティアをやってくれる町の人たちの多くは、「常陸佐竹市民会議」に参加している「市民」なのだと、深澤さんは教えてくれた。これから芸術祭期間中に行うイベントや、さらには「常陸佐竹市」を芸術祭以降どうしていくのか? などを話し合うという「市民会議」には、多い時にはなんと40人ほどが参加しているというから本格的だ。
 ちなみに深澤さんは「常陸佐竹市」の市長(仮)でもある。実は深澤さんは、とりあえず最初は自分が「市長」をやったほうがいいのだろうな、となんとなく思っていたのだそうだ。ところが第1回目の市民会議で思いがけず「市民」から、市長は選挙で選ぶべきではないのか? との異議があった。
 なるほど、それはもっともな意見である。そこでとりあえずは深澤さんが仮の市長として「常陸佐竹市」を運営し、これから改めて市長選を行う、ということになったのだという。深澤さんの作品であるにも関わらず、すでに「市民」が良い意味で、作品にグイグイ介入しているところが、なんとも面白い展開だなあ、と私は思った。

 それにしても深澤仮市長が被っているヘルメットに載っている、黒い大きなもじゃもじゃは、一体なんなのだろうか……? というか、なぜヘルメットをかぶっているのか……?と思うのは私だけではあるまい。

「これは毛虫です!」と深澤さんはその疑問に即座に答えてくれた。
 け、毛虫? 驚く私に、深澤さんはこう説明してくれた。このヘルメットは実は佐竹氏の20代当主、佐竹義宣(さたけよしのぶ)の兜を模したものだ。佐竹氏の兜には、実際にこのような毛虫をかたどった飾りが付いていたのだ。一説によると毛虫は常に前進し、絶対に後退しないことから、兜にその強さをかたどったものであるとも言われている。
 会館1階にある常陸佐竹氏の「市民証発行所」では、この毛虫のカブトを模したヘルメットやカチューシャ(?!)などがあり、誰でもこれを付けて、証明写真を撮ることができるのだ。「市民」の方たちに「松本さんも是非」と言われたので、勧められるままに、私も市民証を作って「市民」となった。
 ちなみに「常陸佐竹市」の市民はなぜか、姓は皆同じである。市民証を作るとわかるのだが、氏名の記入欄の姓のところは、なぜかすでに印刷されているのだ。そう、「常陸佐竹」と……。自分で書き込めるのは名のところだけである。
 だから私はここ「常陸佐竹市」では松本美枝子ではなく、自動的に「常陸佐竹美枝子」となってしまうのだ!

  • 私も「常陸佐竹美枝子」になりました。
  • 市民証を撮影してくれたサポーターさん

 そういえばさっきスタッフの誰かが、「市民になれば皆、家族ですから!」と言っていたっけ。その時はよく意味がわからなくて、なんとなく受け流していたのだが、さっきの話はこういうことだったのか……と、この妙におもしろい市民証を見て、私は思わず笑ってしまったのだった。

このエントリーをはてなブックマークに追加


未知の細道 No.78

松本美枝子

1974年茨城県生まれ。生と死、日常をテーマに写真と文章による作品を発表。
主な受賞に第15回「写真ひとつぼ展」入選、第6回「新風舎・平間至写真賞大賞」受賞。
主な展覧会に、2006年「クリテリオム68 松本美枝子」(水戸芸術館)、2009年「手で創る 森英恵と若いアーティストたち」(表参道ハナヱ・モリビル)、2010年「ヨコハマフォトフェスティバル」(横浜赤レンガ倉庫)、2013年「影像2013」(世田谷美術館市民ギャラリー)、2014年中房総国際芸術祭「いちはら×アートミックス」(千葉県)、「原点を、永遠に。」(東京都写真美術館)など。
最新刊に鳥取藝住祭2014公式写真集『船と船の間を歩く』(鳥取県)、その他主な書籍に写真詩集『生きる』(共著・谷川俊太郎、ナナロク社)、写真集『生あたたかい言葉で』(新風舎)がある。
パブリックコレクション:清里フォトアートミュージアム
作家ウェブサイト:www.miekomatsumoto.com

未知の細道とは

「未知の細道」は、未知なるスポットを訪ねて、見て、聞いて、体感して毎月定期的に紹介する旅のレポートです。
テーマは「名人」「伝説」「祭り」「挑戦者」「穴場」の5つ。
様々なジャンルの名人に密着したり、土地にまつわる伝説を追ったり、知られざる祭りに参加して、その様子をお伝えします。
気になるレポートがございましたら、皆さまの目で、耳で、肌で感じに出かけてみてください。
きっと、わくわくどきどきな世界への入り口が待っていると思います。