

さて梅津会館の外を出てみて、商店街を歩いてみることにしよう。すると梅津会館はもちろんの事、町の中のかなりの数の建物の窓がピンク色に染まっていることに、誰もがすぐに気づくだろう。この町を前にも訪れたことがある人ならば、街の景色が一変している! と思うに違いない。これを読んでいる人は、日本の、しかも古くからある街並みの風景にピンクの窓なんか似合うかしら? と思うかもしれない。しかし、意外や意外、古い街並みとピンクの色の窓は、とてもよく似合っていて、まるで別の国に旅したかのようにも思えるのであった。
そして窓いっぱいにはめ込まれたピンク色のボードには、何やら語り口調の文章と、それをイメージさせるような絵が描かれている。
このピンクの窓はアーティスト、原高史さんによる「サインズ オブ メモリー2016:鯨ケ丘のピンクの窓」というプロジェクトだ。原さんは建物の所有者やそこに住む一人一人にインタビューを行い、町の人や地域の歴史から言葉を抽出、そこから発想し描かれた絵をピンクのパネルにし、窓にはめ込んでいる。


なにしろ町の景色が一変するほどの量の制作である。そこで今回のプロジェクトでは、原さんが教鞭をとっている東北芸術工科大学の学生たちも、原さんのアシスタントとして鯨ヶ丘で共に滞在制作に励んだのだという。実際に、この日も多くの学生が原さんと一緒に、新たな作品を建物にはめ込む作業を行っていた。
この作品はただその美しさを眺めるだけではなく、文章を一つ一つしっかり読むことをお勧めする。街を歩きながら、大きな建物なら町の歴史を知ることができ、誰かの住まいなら、その家族の小さな物語を想像することができるだろう。

さて原さんと学生たちの作業ベースとなる建物の少し先では、アーティスト、北澤潤さんの「リビングルーム鯨ヶ丘」というプロジェクトが展開していた。「リビングルーム」は近年国内外各地で開催している、北澤さんの代表作だ。空き店舗を使って、町の人に持ち寄ってもらった、いらなくなった家具や雑貨を置き、まるで誰かの家のようなリラックスできる空間を構成している。さらにここに置いてあるものは、自分が持ってきたモノと交換することができる。この作品は、モノの交換や人の交流を通して予測できない空間や出来事を生み出しながら、町のみんなの共有のリビングとして存在しているわけだ。
この日もたくさんのお客さんが楽しそうに、ものを手に取ったり見比べたりしながら、この部屋に滞在していた。

松本美枝子