未知の細道
未知なる人やスポットを訪ね、見て、聞いて、体感する日本再発見の旅コラム。
78

この町に、またアート・プロジェクトがやってきた!

鯨ヶ丘商店街と「KENPOKU ART 2016 茨城県北芸術祭」

文= 松本美枝子
写真= 松本美枝子
未知の細道 No.78 |10 Ncvember 2016
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#5アート・プロジェクト、再び

原高史さんと教え子たち

 さて東北芸術工科大学の学生たちが作ってくれた食事を一緒にいただきながら、原さんが「松本さん、この方にお話を聞くといいですよ、この町のアート・プロジェクトの全てに関わっているから!」といって、鯨ヶ丘商店街の住人、渡辺彰さんを紹介してくれた。渡辺さんは町の一角で喜久屋という味噌とこうじの店を営んでいる。
 あれ、どこかでお会いしたことがあるかな……? と思ったら、渡辺さんは深澤さんの作品でも、インタビューで登場していたのであった。他にも北澤さんの作品を手伝ったり、茨城県北芸術祭の鯨ヶ丘で制作されたプロジェクトには、ほとんど関わっていると言ってもいいかもしれない渡辺さんである。
 私が、自分の地元でもあるこの茨城県で大規模な国際芸術祭が行われ、そしてここ鯨ヶ丘でも、このように現代アートのプロジェクトが受け入れられて、こんなにも賑わうなんてちょっと想像がつかなかった、というと渡辺さんは首を振ってこう言った。
 「違うよ、この町はすでに25年前に大きなアート・プロジェクトを受け入れているんだよ。だからその下地があるんですよ!」と教えてくれた。

 

 25年前のプロジェクトとは、クリスト&ジャンヌ・クロードという二人組の著名な現代アーティストによる「アンブレラ・プロジェクト」である。それはこの茨城県北部と、そしてアメリカはカリフォルニアの、それぞれ山間部の広大な地域で3,100本の巨大な傘をいっせいに開く、というものだった。
「アート・プロジェクト」という言葉は、今でこそよく聞かれるようになったが、クリスト&ジャンヌ・クロードはその草分け的な存在と言って良いだろう。また「アンブレラ・プロジェクト」は関わった地域の広さ、人々の数、そして何と言っても19キロm2に及ぶ自然の中に、数千もの巨大な人工物を設置することの困難さなど、すべてが規格外の内容であり、日本における伝説のアート・プロジェクトとして知られている。常陸太田市はまさに、日本側の地域の南端として、このプロジェクトに参加していたのであった。

喜久屋では本業の麹・味噌だけではなく、陶芸、籐、こぎん刺しなどの地元の工芸作家の作品も取り扱っている。

 同じ通りで古くから続く薬局の17代目であり、深澤さんの滞在先として部屋を提供している川又愼さんも、こう教えてくれた。「25年前にクリストたちが来た時も、ここで座談会を企画するなどして、私たちは大いに楽しんだ。そして今、この『茨城県北芸術祭』もみんなが楽しんでいる。これはクリストのプロジェクトが発火点とも言えるかもしれないね」
 渡辺さんのお宅も川又さんのお宅も、もちろん原さんの作品であるピンクの窓に染まっている。また川又さんは深澤さんの「常陸佐竹市」にも積極的に「市民会議」に参加し、率先してイベントを企画するなどしている。
 そうか、実はこの町の人たちは、日本にアート・プロジェクトが根付くずっと前から現代アートやアーティストたちに慣れ親しんでいるのかも……、と私は気付いたのであった。

17代も続く老舗の薬局もピンクの窓に。
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未知の細道 No.78

松本美枝子

1974年茨城県生まれ。生と死、日常をテーマに写真と文章による作品を発表。
主な受賞に第15回「写真ひとつぼ展」入選、第6回「新風舎・平間至写真賞大賞」受賞。
主な展覧会に、2006年「クリテリオム68 松本美枝子」(水戸芸術館)、2009年「手で創る 森英恵と若いアーティストたち」(表参道ハナヱ・モリビル)、2010年「ヨコハマフォトフェスティバル」(横浜赤レンガ倉庫)、2013年「影像2013」(世田谷美術館市民ギャラリー)、2014年中房総国際芸術祭「いちはら×アートミックス」(千葉県)、「原点を、永遠に。」(東京都写真美術館)など。
最新刊に鳥取藝住祭2014公式写真集『船と船の間を歩く』(鳥取県)、その他主な書籍に写真詩集『生きる』(共著・谷川俊太郎、ナナロク社)、写真集『生あたたかい言葉で』(新風舎)がある。
パブリックコレクション:清里フォトアートミュージアム
作家ウェブサイト:www.miekomatsumoto.com

未知の細道とは

「未知の細道」は、未知なるスポットを訪ねて、見て、聞いて、体感して毎月定期的に紹介する旅のレポートです。
テーマは「名人」「伝説」「祭り」「挑戦者」「穴場」の5つ。
様々なジャンルの名人に密着したり、土地にまつわる伝説を追ったり、知られざる祭りに参加して、その様子をお伝えします。
気になるレポートがございましたら、皆さまの目で、耳で、肌で感じに出かけてみてください。
きっと、わくわくどきどきな世界への入り口が待っていると思います。