未知の細道
未知なる人やスポットを訪ね、見て、聞いて、体感する日本再発見の旅コラム。
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この町に、またアート・プロジェクトがやってきた!

鯨ヶ丘商店街と「KENPOKU ART 2016 茨城県北芸術祭」

文= 松本美枝子
写真= 松本美枝子
未知の細道 No.78 |10 Ncvember 2016
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#7常陸佐竹市の歌を作る

みんなのアイディアを書き出す作曲家の西井夕紀子さん。

 さて集中曝涼は来年の楽しみに取っておくことにして、私は14時から屋外で始まる「常陸佐竹市」のイベント、「常陸佐竹市の歌を作る会」に参加することにした。
 作曲家の西井夕紀子さんを招いて、参加者みんなで常陸佐竹市を表す歌詞を考え、それに合わせて西井さんと共にメロディを作るのだという。作詞はともかく、作曲はどうするんだろうか……、と思いながら、梅津会館前に設置したテントに向かった。テントの中には大きなホワイトボードと、キーボードや音がなるおもちゃなどが置かれている。
 参加者は、50〜60代が多い「常陸佐竹市民」のコアメンバーから、通りすがりの小さなお子さんを連れた若いファミリーまで、さまざまな人たちが10人ほど集まり、いよいよ歌作りが始まった。西井さんが参加者に聞きながら、まずは歌詞の根幹となる常陸佐竹市のイメージを言葉にしてホワイトボードに書き出していく。佐竹氏ゆかりの歴史について、あるいは町の人々の暮らしの記憶、みんながよく行く公園の名前、さらにはこの土地の地質を形作っている岩石など、参加者が思いつくままに、さまざまな単語や短い言葉があっという間にボードを埋めていった。
 言葉はすぐにたくさん出てきたけど、これを歌えるような歌詞として繋いでいくのはなかなか大変な作業だった。参加者は市のイメージに対してそれぞれ熱い思い入れがあり、互いがそれを語りだすと、あっという間に長いフレーズになってしまう。
 さらには、みんなが挙げた言葉を歌全体として意味が通るようにしなければならない。節がつけられるような字数にするため、西井さんはみんなの思いを受け止めつつ、注意深く歌詞を整理していく。1時間半後には、なんとか1番から3番まで続く歌詞が出来上がった。

 いよいよ最後の仕上げ、メロディである。西井さんは出来上がった歌詞を目の前にして、キーボードを弾きながら「こんなメロディはどうですか?」と、歌いだした。それは昔の唱歌にありそうな懐かしみのあるメロディで、出来上がった歌詞にも、なかなかよく合っていた。
 聞いていた深澤仮市長も、そして私も、おお、いいですねえ……と言おうとした、その瞬間である。なんと参加していた一人の男性が「いや、そういう、いかにも市の歌にありそうな昔風のメロディじゃなくて、もっと新しい感じの曲調がいいな!」と言い出しだのであった。さすが、このプロジェクトの作者である深澤さんの意見がなかなか通らない「常陸佐竹市」だけのことはある……。私はなんだかおかしくなって深澤仮市長の方をちらりと見ると、仮市長も笑っていた。
 その意見を受けて、西井さんがちょっと考え込んでから改めて歌いだしたメロディは、テレビで流れていてもおかしくない、爽やかで今風のポッポスのような曲調であった。これを聞いて「常陸佐竹市民」のコアメンバーたちは、「そうそう、こういうの! かっこいい!!」と大喜びである! 最初の唱歌風のものに比べるとやや複雑なメロディは、お父さんたちが歌うには若干難しそうではある。しかしすっかりみんなが気に入ったこのおしゃれなメロディに、「常陸佐竹市」のイメージがてんこ盛りされた、手作りの市の歌の1番がついに出来上がったのであった。
 陽はだいぶ傾いてきていた。2番と3番は西井さんが改めてまとめて、また市民のみんなに聞いてもらうことになった。

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未知の細道 No.78

松本美枝子

1974年茨城県生まれ。生と死、日常をテーマに写真と文章による作品を発表。
主な受賞に第15回「写真ひとつぼ展」入選、第6回「新風舎・平間至写真賞大賞」受賞。
主な展覧会に、2006年「クリテリオム68 松本美枝子」(水戸芸術館)、2009年「手で創る 森英恵と若いアーティストたち」(表参道ハナヱ・モリビル)、2010年「ヨコハマフォトフェスティバル」(横浜赤レンガ倉庫)、2013年「影像2013」(世田谷美術館市民ギャラリー)、2014年中房総国際芸術祭「いちはら×アートミックス」(千葉県)、「原点を、永遠に。」(東京都写真美術館)など。
最新刊に鳥取藝住祭2014公式写真集『船と船の間を歩く』(鳥取県)、その他主な書籍に写真詩集『生きる』(共著・谷川俊太郎、ナナロク社)、写真集『生あたたかい言葉で』(新風舎)がある。
パブリックコレクション:清里フォトアートミュージアム
作家ウェブサイト:www.miekomatsumoto.com

未知の細道とは

「未知の細道」は、未知なるスポットを訪ねて、見て、聞いて、体感して毎月定期的に紹介する旅のレポートです。
テーマは「名人」「伝説」「祭り」「挑戦者」「穴場」の5つ。
様々なジャンルの名人に密着したり、土地にまつわる伝説を追ったり、知られざる祭りに参加して、その様子をお伝えします。
気になるレポートがございましたら、皆さまの目で、耳で、肌で感じに出かけてみてください。
きっと、わくわくどきどきな世界への入り口が待っていると思います。