未知の細道
未知なる人やスポットを訪ね、見て、聞いて、体感する日本再発見の旅コラム。
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日本陶磁器・発祥の地 有田町に暮らす人々(後編)

初期伊万里に描かれた月の謎

文= 松本美枝子
写真= 松本美枝子
未知の細道 No.86 |10 March 2017
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#7池田家の小さな器

 省平さんと美里さんに会い、観音山も一緒に登り、私は、初期伊万里に描かれた月を、自分の作品のテーマとして撮影することに決めた。

 しかし実際に本物の初期伊万里を探して撮影するとなると、それは思ったより簡単にいかない、ということもわかった。
初期伊万里というと、古いお家がたくさんある有田とはいえ、なかなかない。何しろ400年も前に作られた器である。それにもともと有田は産業の町だ。いい器というものは、職人さんや窯元のお家に残っているわけではない。 

 なぜならいい器ができれば、それは売り物として、すぐに町の外へと出されるからだ。有田は根っからの産業の町なのである。今、有田の中にある様々な美術館や展示室にあるものも、有田にもともと残っているものよりも、昭和になってわざわざお金をかけて買い戻したり、コレクターが寄贈してくれたものも少なくない。それに有田は大火に見舞われている、ということもある。

 もちろん九陶に行けば、素晴らしい初期伊万里の器の数々を、ガラス越しではあるが実際に見ることはできる。でも私がそれを触らせてもらって撮影するということになると、なかなかハードルが高いことなのであった。

 はてさて、どうしたものかな、と思いながら、自分がこれまでリサーチで撮った写真の中に何かヒントがないか、有田に来てから二週間の写真を全部一枚一枚見返すことにした。もうすでに2000カット以上は撮っていたが、半ばヤケになって一枚ずつ見返していった。
するとである。あの大イチョウの隣にある池田家で撮影した、畑の中に埋まっていた小さな染付の器が詰まった引き出しの中に、何と小さな月らしきものが描かれているではないか! 自分が撮ったその一枚の写真を拡大してみると、やはり鹿と月が描かれていたのである。この器が初期伊万里かどうかは断定できないが、それに近い時代か、あるいは初期伊万里に描かれた月のイメージを引き継いできた構図であることは間違いない。

 あった、あった! 気づかなかっただけで、私、本当は、すでにこの月に出会っていたんだ! そう思ったら、心が震えた。
すぐに深江さんと佐々木さんに報告し、さらに久男さんに連絡をとってから、私はこの小さな小さな器を撮影しに、再び一人で池田家へと出かけたのであった。

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未知の細道 No.86

松本美枝子

1974年茨城県生まれ。生と死、日常をテーマに写真と文章による作品を発表。
主な受賞に第15回「写真ひとつぼ展」入選、第6回「新風舎・平間至写真賞大賞」受賞。
主な展覧会に、2006年「クリテリオム68 松本美枝子」(水戸芸術館)、2009年「手で創る 森英恵と若いアーティストたち」(表参道ハナヱ・モリビル)、2010年「ヨコハマフォトフェスティバル」(横浜赤レンガ倉庫)、2013年「影像2013」(世田谷美術館市民ギャラリー)、2014年中房総国際芸術祭「いちはら×アートミックス」(千葉県)、「原点を、永遠に。」(東京都写真美術館)など。
最新刊に鳥取藝住祭2014公式写真集『船と船の間を歩く』(鳥取県)、その他主な書籍に写真詩集『生きる』(共著・谷川俊太郎、ナナロク社)、写真集『生あたたかい言葉で』(新風舎)がある。
パブリックコレクション:清里フォトアートミュージアム
作家ウェブサイト:www.miekomatsumoto.com

未知の細道とは

「未知の細道」は、未知なるスポットを訪ねて、見て、聞いて、体感して毎月定期的に紹介する旅のレポートです。
テーマは「名人」「伝説」「祭り」「挑戦者」「穴場」の5つ。
様々なジャンルの名人に密着したり、土地にまつわる伝説を追ったり、知られざる祭りに参加して、その様子をお伝えします。
気になるレポートがございましたら、皆さまの目で、耳で、肌で感じに出かけてみてください。
きっと、わくわくどきどきな世界への入り口が待っていると思います。