未知の細道
未知なる人やスポットを訪ね、見て、聞いて、体感する日本再発見の旅コラム。
88

ゲストハウスと公共温泉巡りのススメ

下諏訪で見つけたホカホカな旅

文= 川内有緒
写真= 川内有緒
未知の細道 No.88 |10 April 2017
この記事をはじめから読む

#7人類の未体験ゾーン!

この手書きポスターは他の温泉でも見かける。575のリズムなのもさすが!

 中に入ると、夕方4時と中途半端な時間なのに、かなりの人が入浴していた。誰もかれもが体や髪を熱心にゴシゴシと洗っていて、湯船に入っている人は一人もいない。湯船は二つで、一つは熱め、もう一つは普通。熱めの方が当然47℃なのだろう。

 一通り体を洗うと、よし、さっそく入ってみようと! と「熱め」の湯船に向かう。  くるぶしの辺りまでチャポンと入れてみた。すると……

 ぎゃ! 熱い!!!

 すぐに、足を引っ込めた。
なんだったんだ、いまの? これは、本当に「お風呂」の範疇なのだろうか?
呼吸を整え、慎重に足を入れてみるが、やっぱり熱いものは熱い!
私には、むりだ…….と、挫折しかけるが、いや、せっかく来たんだから、やっぱり入らないと、と今度は膝くらいまで入れてみる。
ぎゃー、熱い! むり! これって、本当の修行じゃないか!

 そんな私の滑稽な一人相撲を眺めていたおばあさんが、現場監督のようにちょっと厳しく諭し始めた。

「あなたねー、このお湯は一気に入らないとダメよ。ちょっとずつ入ってたら、熱くてもう入れないわよ。さっと入ってさっと出るの! ほら! 」

「わかりました」

 周囲の視線が私に集まる。覚悟を決めると、感覚のすべてをシャットダウンして、ザブンと入った。

 ……よし、入れた! ビリビリと痺れるように熱い。でも、なんか気持ちいいぞ!
  というのは、最初の1秒くらいで、ダメだ、やっぱり熱い! と10秒ほどでたまらず飛び出た。体はゆでダコのように真っ赤である。

 すると、おばあちゃんは、「よく頑張ったじゃない」と褒めてくれた。

 やあ、参りました。早々に脱落して、露天風呂に移動した。 こっちは冷たい外気が適度にお湯を冷やしてくれて、すごく快適である。

 これが本来のお風呂の姿だよねー、とリラックスしていると、30歳ほどの女性があの熱い方の湯船に入っているのが見えた。派手なリアクションもないまま1分ほど悠々と浸かり、脱衣場の方に向かった。

 おお、達人がいたぞ!

 慌ててその人の背中を追いかけて尋ねた。

「あの、熱くないんですか!?」

「そりゃ、熱いわよー。今日は特に熱かった気がするわね。でも、子どもの頃からここに入ってきたから、もう他の場所は入れないの」と王者の口調で言う。

「それは、他がぬるすぎるってことですか?」

「そう、ぬるくてダメなの。ここが改修工事をしてた時は、しょうがないから他の場所も行ってみたけど、ダメだった」

 そうか、小さな頃からここなのか。こんな風に人類はちょっとずつ環境に順応してきたのかもしれない。ちなみに家にお風呂はあるんですか、と聞くと、「ある」とのことだった。

このエントリーをはてなブックマークに追加


未知の細道 No.88

川内 有緒

日本大学芸術学部卒、ジョージタウン大学にて修士号を取得。
コンサルティング会社やシンクタンクに勤務し、中南米社会の研究にいそしむ。その合間に南米やアジアの少数民族や辺境の地への旅の記録を、雑誌や機内誌に発表。2004年からフランス・パリの国際機関に5年半勤務したあと、フリーランスに。現在は東京を拠点に、おもしろいモノや人を探して旅を続ける。書籍、コラムやルポを書くかたわら、イベントの企画やアートスペース「山小屋」も運営。著書に、パリで働く日本人の人生を追ったノンフィクション、『パリでメシを食う。』『バウルを探して〜地球の片隅に伝わる秘密の歌〜』(幻冬舎)がある。「空をゆく巨人」で第16回開高健ノンフィクション賞受賞。

未知の細道とは

「未知の細道」は、未知なるスポットを訪ねて、見て、聞いて、体感して毎月定期的に紹介する旅のレポートです。
テーマは「名人」「伝説」「祭り」「挑戦者」「穴場」の5つ。
様々なジャンルの名人に密着したり、土地にまつわる伝説を追ったり、知られざる祭りに参加して、その様子をお伝えします。
気になるレポートがございましたら、皆さまの目で、耳で、肌で感じに出かけてみてください。
きっと、わくわくどきどきな世界への入り口が待っていると思います。