
「こんにちは!」と声をかけて、浴場に入る。思ったよりも小さい浴場だが、かなり混んでいる。壁には昔懐かしい富士山の絵。やっぱり、公共浴場といえば富士山だよねえ、と思っていると、湯口はライオンの口になっていて、そこからジャバジャバとお湯が出ていた。
わー、おもしろい、テルマエ・ロマエ!?
大勢の体を洗う人をよそに、掛け湯をしてすぐに湯船に直行した。ここのお湯も熱めだが、歩いている間に冷えてしまった体には、じんわりと心地いい。
その時、洗い場にいた一人のおばちゃんが、学校の先生のような口調で話しかけてきた。
「ねえ、あなた! ちゃんと石鹸を持ってるの? 持っていないんじゃない?」
わ、まずいぞ、と焦った。
どうも体を洗わずに入っていると誤解されてしまったようだ。
「ちゃんと持っているんです! 脱衣場にあります。ただ、いま温泉巡りをしていてですね、もう3軒目なのです…..えーと、前の二箇所では洗ったわけで、だから、もうここでは洗わなくてもいいかと思いまして……えーと、それで、すみません!」
と、やけにしどろもどろに言い訳をすると、「あら、そう。もう洗ったのね!」と、先生風おばちゃんは、ホッとした表情になった。
しかし、おばちゃんは追求の手を緩めない。「でも、やっぱり洗いたくなったら、いいのよ! ほら、石鹸と手ぬぐいかそうか? 私ねえ、こんな時のために、もう一枚手ぬぐいがあるのよ。洗濯してあるから、きれいよ。遠慮しないで! ここに置いておくから」
本当に大丈夫です、と固辞しようかと思ったが、このまま洗わないで湯船に入っているという疑惑をかけられるのも、親切心を無為にするのも嫌なので、「ありがとうございます」と石鹸と手ぬぐいを借りた。
そうこうしている間に、すぐ横ではおばちゃん同士で背中の流し合いが始まった。見ていると、サッと洗うのではなく、かなりの泡を立てて長い時間をかけてゴシゴシとこする。一人が終わると、交代して次の人を丁寧にゴシゴシ。
背中を流すくらいだから、とっても仲の良いお友達なのかと思いきや、「ありがとうございます」「いえいえ」と頭を下げあっているので、たまたま居合わせた赤の他人なのかもしれない。
いやあ、おもしろいなあ、下諏訪独特のお風呂文化を垣間見た気がした。

川内 有緒