未知の細道
未知なる人やスポットを訪ね、見て、聞いて、体感する日本再発見の旅コラム。
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ゲストハウスと公共温泉巡りのススメ

下諏訪で見つけたホカホカな旅

文= 川内有緒
写真= 川内有緒
未知の細道 No.88 |10 April 2017
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#10世代も立場も超えるバー空間

 さすがに三軒も温泉を巡ったので、プールの後みたいな心地よい疲労感を感じた。時計を見ると、夜7時半。そろそろ、お酒が美味しい時間がやってきた。

 マスヤのラウンジに戻ると、こたつエリアもバーコーナーも人でいっぱいである。巨大なこたつを占拠するのは、数組のお母さん&子どもたち。

「ここに、泊まり込んで、みんなで一緒に“こうじ”を作ってるんです」

 え、あの、お味噌とかを作るあの麹ですか?

 キッチンに行くと、本当に麹を仕込んだと容器が布に包まれている。今まさに、温めて発酵させているらしい。

 ほほ〜! こんなゲストハウスの使いか方があったのか!?

 スタッフのアサさんも、「さすがにこれは初めてですね!」と愉快そうに笑った。

 バー・カウンターに座って、白ワインを頼む。

 左隣には諏訪に住むという友人同士。右隣には東京から出張で諏訪に来たというネクタイ姿の男性。カウンターの中にはスタッフのアサちゃんとキョンちゃん、そして生後5か月のキョンちゃんの赤ちゃんの姿も。世代も立場も違う雑多な人種がぎゅっと詰まった濃密な空間に、爽やかな感動を覚えた。

 やがて、サラリーマン風のネクタイ姿の男性が、壁際にあったギターを手に取り、「コードさえわかればなんでも弾けますよ」と言うので、私はビートルズの曲をリクエスした。男性は、ゲストハウスともギターとも全く似つかわしくない格好のまま、器用に指を動かし始めた。

「わ、上手ですねー! あ、白ワインをもういっぱいください!」と私もいい感じにエンジンがかかる。

 左隣の地元の人たちは、このバーの常連さん。一人は生粋の諏訪っ子で、もう一人は東京からの移住者だそうだ。

 「ああやって、諏訪の人はいつも他人同士で背中を流し合うんですか?」と私は素朴な疑問を二人にぶつけた。

 すると二人は、「そう、そう!」と答える。

 バーを仕切るアサちゃんも、「背中流し合いは、いつも“バディ”(相棒)を決めてる人もいれば、そうじゃない人もいるみたいです」などと教えてくれる。

 おー、バディ! スキューバーダイビングとかでは聞いたことがあるが、背中流しにバディがいるとは、さすが下諏訪である。

「それにしても、背中を洗っている時間がすごく長いわりに、みんな湯船に入る時間がえらく短くないですか?」

「そうなんだよねー! ああやって、背中を流し合いながらおしゃべりを楽しむのが、ここのお風呂の入り方なんだよね。あれは、温泉というより、むしろ完全に銭湯のノリ。湯船に入るのはさっとだけでいいみたい」と移住者の男性。

 なるほどね〜! 奥深いなあ、諏訪のお風呂文化。

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未知の細道 No.88

川内 有緒

日本大学芸術学部卒、ジョージタウン大学にて修士号を取得。
コンサルティング会社やシンクタンクに勤務し、中南米社会の研究にいそしむ。その合間に南米やアジアの少数民族や辺境の地への旅の記録を、雑誌や機内誌に発表。2004年からフランス・パリの国際機関に5年半勤務したあと、フリーランスに。現在は東京を拠点に、おもしろいモノや人を探して旅を続ける。書籍、コラムやルポを書くかたわら、イベントの企画やアートスペース「山小屋」も運営。著書に、パリで働く日本人の人生を追ったノンフィクション、『パリでメシを食う。』『バウルを探して〜地球の片隅に伝わる秘密の歌〜』(幻冬舎)がある。「空をゆく巨人」で第16回開高健ノンフィクション賞受賞。

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「未知の細道」は、未知なるスポットを訪ねて、見て、聞いて、体感して毎月定期的に紹介する旅のレポートです。
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様々なジャンルの名人に密着したり、土地にまつわる伝説を追ったり、知られざる祭りに参加して、その様子をお伝えします。
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