さすがに三軒も温泉を巡ったので、プールの後みたいな心地よい疲労感を感じた。時計を見ると、夜7時半。そろそろ、お酒が美味しい時間がやってきた。
マスヤのラウンジに戻ると、こたつエリアもバーコーナーも人でいっぱいである。巨大なこたつを占拠するのは、数組のお母さん&子どもたち。
「ここに、泊まり込んで、みんなで一緒に“こうじ”を作ってるんです」
え、あの、お味噌とかを作るあの麹ですか?
キッチンに行くと、本当に麹を仕込んだと容器が布に包まれている。今まさに、温めて発酵させているらしい。
ほほ〜! こんなゲストハウスの使いか方があったのか!?
スタッフのアサさんも、「さすがにこれは初めてですね!」と愉快そうに笑った。
バー・カウンターに座って、白ワインを頼む。
左隣には諏訪に住むという友人同士。右隣には東京から出張で諏訪に来たというネクタイ姿の男性。カウンターの中にはスタッフのアサちゃんとキョンちゃん、そして生後5か月のキョンちゃんの赤ちゃんの姿も。世代も立場も違う雑多な人種がぎゅっと詰まった濃密な空間に、爽やかな感動を覚えた。
やがて、サラリーマン風のネクタイ姿の男性が、壁際にあったギターを手に取り、「コードさえわかればなんでも弾けますよ」と言うので、私はビートルズの曲をリクエスした。男性は、ゲストハウスともギターとも全く似つかわしくない格好のまま、器用に指を動かし始めた。
「わ、上手ですねー! あ、白ワインをもういっぱいください!」と私もいい感じにエンジンがかかる。
左隣の地元の人たちは、このバーの常連さん。一人は生粋の諏訪っ子で、もう一人は東京からの移住者だそうだ。
「ああやって、諏訪の人はいつも他人同士で背中を流し合うんですか?」と私は素朴な疑問を二人にぶつけた。
すると二人は、「そう、そう!」と答える。
バーを仕切るアサちゃんも、「背中流し合いは、いつも“バディ”(相棒)を決めてる人もいれば、そうじゃない人もいるみたいです」などと教えてくれる。
おー、バディ! スキューバーダイビングとかでは聞いたことがあるが、背中流しにバディがいるとは、さすが下諏訪である。
「それにしても、背中を洗っている時間がすごく長いわりに、みんな湯船に入る時間がえらく短くないですか?」
「そうなんだよねー! ああやって、背中を流し合いながらおしゃべりを楽しむのが、ここのお風呂の入り方なんだよね。あれは、温泉というより、むしろ完全に銭湯のノリ。湯船に入るのはさっとだけでいいみたい」と移住者の男性。
なるほどね〜! 奥深いなあ、諏訪のお風呂文化。

川内 有緒