未知の細道
未知なる人やスポットを訪ね、見て、聞いて、体感する日本再発見の旅コラム。
100

[ 第100回特別企画 ]街にこぼれる素敵な音を追いかけて

常磐自動車道を行く!〔後編 福島・宮城編〕

文= 松本美枝子
写真= 松本美枝子
録音・編集= 白丸たくト
未知の細道 No.100 |25 October 2017
この記事をはじめから読む

#15鳥の海スマートIC 吉田浜の鳴き砂と工事の音

砂浜に寝転んで耳を澄ます

 鳥の海スマートICを下車すると東側にすぐに、太平洋と接する鳥の海という汽水湖がある。その名の通り、昔からさまざまな鳥や魚の生息地として知られ、仙台藩伊達家の狩場であったここは、現代でも釣りやバードウォッチクングの盛んな場所であった。だが鳥の海とその周辺の亘理町荒波地区や吉田地区などは、東日本大震災で津波による大きな被害を受けた。この地も降りて歩いてみることにした。

 鳥の海の南側にある吉田浜には、珍しい「鳴き砂」が広がる場所がある、と以前に聞いたことがあったので、そこを目指して行ってみることにした。「砂が鳴く」とはどのような音なのだろうか、と思ったのだ。しかし自分のそんな考えが甘かったことは、後でわかることになる。
 目的地に向かって車を走らせると、海岸に近づくにつれて工事中の場所が広がり、ナビの画面上の道は消えてしまう。津波はどれほどのものを流したのだろうか。車でどうにか吉田浜らしき地点にたどり着くと海は全く見えず、眼前には真新しくて高い防潮堤が立っていた。防潮堤の手前では、大きなショベルカーがひっきりなしに動いていた。震災から7年が経つが、まだまだ整地しなければならないのであろう。

 防潮堤の階段を登りきると、目の前にはきれいな砂浜と曇天の太平洋が、茫洋と続いていた。右を見ても左を見ても、この白い防潮堤がずうっと続いている。そうして砂浜では2、3人の釣り人が、鉛色の海に向かって竿をたらしているのだった。
 砂浜に降りて歩いてみても、特に何も聞こえない。そこで釣り人のおじさんに聞いてみることにした。すると「鳴き砂ねえ、昔はよく言ったけれどね、震災の後はそういう話は聞かなくなってしまったよね。あっちにも鳴き砂があるって言われてた場所があるから、行ってごらん」と丁寧に場所を教えてくれて、少し先の南側を指差した。

 ここにきて私は、ついさっき自分の発した言葉にだいぶ後悔していた。そりゃそうだよね、あれだけの津波がいろんなものを流し去って行ったんだもの。地面だって、きっと前とは地質が変わっているに違っている。私もたいがい想像力が足りないな。そして、なんというのんきな質問をしてしまったのだろう、と思いながら砂を踏みしめ歩いた。

 おじさんが教えてくれた場所まで行って、歩いてはみたものの、やはり砂が鳴いているようには聞こえなかった。もしかしたら鳴き砂は存在するのかもしれないが、私には普通の砂浜を歩く時の音にしか聞こえない。おじさんと別れたきり、広い浜には誰もいないので確かめようもなかった。
 ふと後ろを振り返ると、おじさんと話した砂浜に比べて、たくさんの漂着物が浜に打ち上げられている。細々した生活用品、大きな枯れ木、タイヤ、野球ボール、丸々とした魚……。これらが、いつからここにあるのか、今日なのか、7年まえなのか、それとももっと前からなのか、私にはわからなかった。

 タイヤを枕にして、砂浜に寝転んでみる。見上げると、鳥の海の方から鳥の群れがVの字になって飛んでくる。目をつぶると波の音に混じって、防潮堤の向こうでショベルカーが休まずに動く音が、かすかに聞こえて来る。
 ずっとここで波と風にさらされてきたのだろうか、灰色になった野球ボールをリュックに入れて、吉田浜を後にした。

このエントリーをはてなブックマークに追加


未知の細道 No.100

松本美枝子

1974年茨城県生まれ。生と死、日常をテーマに写真と文章による作品を発表。
主な受賞に第15回「写真ひとつぼ展」入選、第6回「新風舎・平間至写真賞大賞」受賞。
主な展覧会に、2006年「クリテリオム68 松本美枝子」(水戸芸術館)、2009年「手で創る 森英恵と若いアーティストたち」(表参道ハナヱ・モリビル)、2010年「ヨコハマフォトフェスティバル」(横浜赤レンガ倉庫)、2013年「影像2013」(世田谷美術館市民ギャラリー)、2014年中房総国際芸術祭「いちはら×アートミックス」(千葉県)、「原点を、永遠に。」(東京都写真美術館)など。
最新刊に鳥取藝住祭2014公式写真集『船と船の間を歩く』(鳥取県)、その他主な書籍に写真詩集『生きる』(共著・谷川俊太郎、ナナロク社)、写真集『生あたたかい言葉で』(新風舎)がある。
パブリックコレクション:清里フォトアートミュージアム
作家ウェブサイト:www.miekomatsumoto.com

未知の細道とは

「未知の細道」は、未知なるスポットを訪ねて、見て、聞いて、体感して毎月定期的に紹介する旅のレポートです。
テーマは「名人」「伝説」「祭り」「挑戦者」「穴場」の5つ。
様々なジャンルの名人に密着したり、土地にまつわる伝説を追ったり、知られざる祭りに参加して、その様子をお伝えします。
気になるレポートがございましたら、皆さまの目で、耳で、肌で感じに出かけてみてください。
きっと、わくわくどきどきな世界への入り口が待っていると思います。