
砂浜に寝転んで耳を澄ます
鳥の海スマートICを下車すると東側にすぐに、太平洋と接する鳥の海という汽水湖がある。その名の通り、昔からさまざまな鳥や魚の生息地として知られ、仙台藩伊達家の狩場であったここは、現代でも釣りやバードウォッチクングの盛んな場所であった。だが鳥の海とその周辺の亘理町荒波地区や吉田地区などは、東日本大震災で津波による大きな被害を受けた。この地も降りて歩いてみることにした。
鳥の海の南側にある吉田浜には、珍しい「鳴き砂」が広がる場所がある、と以前に聞いたことがあったので、そこを目指して行ってみることにした。「砂が鳴く」とはどのような音なのだろうか、と思ったのだ。しかし自分のそんな考えが甘かったことは、後でわかることになる。
目的地に向かって車を走らせると、海岸に近づくにつれて工事中の場所が広がり、ナビの画面上の道は消えてしまう。津波はどれほどのものを流したのだろうか。車でどうにか吉田浜らしき地点にたどり着くと海は全く見えず、眼前には真新しくて高い防潮堤が立っていた。防潮堤の手前では、大きなショベルカーがひっきりなしに動いていた。震災から7年が経つが、まだまだ整地しなければならないのであろう。


防潮堤の階段を登りきると、目の前にはきれいな砂浜と曇天の太平洋が、茫洋と続いていた。右を見ても左を見ても、この白い防潮堤がずうっと続いている。そうして砂浜では2、3人の釣り人が、鉛色の海に向かって竿をたらしているのだった。
砂浜に降りて歩いてみても、特に何も聞こえない。そこで釣り人のおじさんに聞いてみることにした。すると「鳴き砂ねえ、昔はよく言ったけれどね、震災の後はそういう話は聞かなくなってしまったよね。あっちにも鳴き砂があるって言われてた場所があるから、行ってごらん」と丁寧に場所を教えてくれて、少し先の南側を指差した。
ここにきて私は、ついさっき自分の発した言葉にだいぶ後悔していた。そりゃそうだよね、あれだけの津波がいろんなものを流し去って行ったんだもの。地面だって、きっと前とは地質が変わっているに違っている。私もたいがい想像力が足りないな。そして、なんというのんきな質問をしてしまったのだろう、と思いながら砂を踏みしめ歩いた。
おじさんが教えてくれた場所まで行って、歩いてはみたものの、やはり砂が鳴いているようには聞こえなかった。もしかしたら鳴き砂は存在するのかもしれないが、私には普通の砂浜を歩く時の音にしか聞こえない。おじさんと別れたきり、広い浜には誰もいないので確かめようもなかった。
ふと後ろを振り返ると、おじさんと話した砂浜に比べて、たくさんの漂着物が浜に打ち上げられている。細々した生活用品、大きな枯れ木、タイヤ、野球ボール、丸々とした魚……。これらが、いつからここにあるのか、今日なのか、7年まえなのか、それとももっと前からなのか、私にはわからなかった。
タイヤを枕にして、砂浜に寝転んでみる。見上げると、鳥の海の方から鳥の群れがVの字になって飛んでくる。目をつぶると波の音に混じって、防潮堤の向こうでショベルカーが休まずに動く音が、かすかに聞こえて来る。
ずっとここで波と風にさらされてきたのだろうか、灰色になった野球ボールをリュックに入れて、吉田浜を後にした。

松本美枝子