未知の細道
未知なる人やスポットを訪ね、見て、聞いて、体感する日本再発見の旅コラム。
109

物語は、夜の街で輝く

映画監督がいる映画館 CINEMA VOICE

文= 松本美枝子
写真= 松本美枝子
未知の細道 No.109 |10 March 2018
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#5日本と『丸』と世界

映画『丸』のワンシーン。

 映画『丸』は、謎の球体にそれぞれの人生を狂わされたふたりの男たちが、どちらか一方が生きるか死ぬか……というところまでの格闘をして不意に終わる。結末は誰にもよくわからない。
「そういう純度の高い、圧倒的なコミュケーションを描いてみたかったんですよね」と鈴木さんは言う。

 『丸』を見て、私の頭にふと浮かんだことは、これまでの生活の中で時々やってくる、不条理で、でも個人ではどうすることもできない、さまざまな出来事だった。生きていればどんな人でも、1度や2度はそういう経験があるだろう。例えれば、あの2011年の大震災のような。
 映画の中に突如現れる謎の球体は、この世の言い表すことのできない不条理を具現化したものではないか、とぼんやりと思ったのである。

 その質問をぶつけてみると、確かに『丸』という映画は、従来の日本の社会的な問題や政治的な問題というものを考えて作っている、と鈴木さんは言う。しかも社会の問題を、単に事実として暴き立てるのではなく、ユーモアを持ってそれを乗り越えていけるような、そういう映画を作りたい、と鈴木さんは常に考えている。
 しかし『丸』は、最初、日本では単なる不条理映画としてしか扱われなかった。一方で欧米の批評家たちは、すぐにその点を気づいてくれたのだと、鈴木さんは語る。
 特にアジア映画に造詣が深いトニー・レインズというイギリスの映画評論家は、日本の現代社会に対する批判を、ブラック・ユーモアのあるコメディに託している、というふうに評価してくれた。それは「映画と批評の幸福な出会いでした」と鈴木さんは語る。そしてトニーさんの批評は、その後の様々な映画祭への招待、という活躍につながっていく最初に一歩になったのだ。

今年のロッテルダム映画祭で再会したトニーさんと鈴木さん。

 こうして世界各地の映画関係者のあいだで話題を呼んだ『丸』は、ついに2017年の夏、東京で1ヶ月の劇場公開、そして水戸のCINEMA VOICEでの凱旋上映となったのである!

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未知の細道 No.109

松本美枝子

1974年茨城県生まれ。生と死、日常をテーマに写真と文章による作品を発表。
主な受賞に第15回「写真ひとつぼ展」入選、第6回「新風舎・平間至写真賞大賞」受賞。
主な展覧会に、2006年「クリテリオム68 松本美枝子」(水戸芸術館)、2009年「手で創る 森英恵と若いアーティストたち」(表参道ハナヱ・モリビル)、2010年「ヨコハマフォトフェスティバル」(横浜赤レンガ倉庫)、2013年「影像2013」(世田谷美術館市民ギャラリー)、2014年中房総国際芸術祭「いちはら×アートミックス」(千葉県)、「原点を、永遠に。」(東京都写真美術館)など。
最新刊に鳥取藝住祭2014公式写真集『船と船の間を歩く』(鳥取県)、その他主な書籍に写真詩集『生きる』(共著・谷川俊太郎、ナナロク社)、写真集『生あたたかい言葉で』(新風舎)がある。
パブリックコレクション:清里フォトアートミュージアム
作家ウェブサイト:www.miekomatsumoto.com

未知の細道とは

「未知の細道」は、未知なるスポットを訪ねて、見て、聞いて、体感して毎月定期的に紹介する旅のレポートです。
テーマは「名人」「伝説」「祭り」「挑戦者」「穴場」の5つ。
様々なジャンルの名人に密着したり、土地にまつわる伝説を追ったり、知られざる祭りに参加して、その様子をお伝えします。
気になるレポートがございましたら、皆さまの目で、耳で、肌で感じに出かけてみてください。
きっと、わくわくどきどきな世界への入り口が待っていると思います。