
静岡県静岡市
静岡の山のなかで、100グラム1万円のお茶を作る茶師がいる。その茶園は、俗世から隔離されたような山中の別天地。エメラルドグリーンに輝く、繊細で香り高い茶葉。日本一とも評されるそのお茶づくりに迫った。
最寄りのICから【E1A】新東名高速道路「新静岡」を下車
最寄りのICから【E1A】新東名高速道路「新静岡」を下車
ぜえ、ぜえ、はあ、はあ……。激しい動悸と息切れが止まらない。動悸、息切れといえば「救心」だけど、きっと役には立たないだろう。その時、僕はスマホの電波もつながらない静岡市の奥地、葵区玉川の急峻な山道を登っていた。
登山道ではない。獣道のように、長年人が踏み固めてできた自然の道だ。案内なしではどこを歩いていいかもわからない。ところどころ、傾斜がきついところには細いロープが張ってあるけど、腹筋がシックスパックならぬワンパックの僕の体重を支えるには明らかに心もとない。
日ごろの不摂生がたたり、登り始めてから数分しか経っていないのに、心臓がバクバクと脈打ち、ひざがガクガクする。立ち止まって休んでいたら、数メートル上で、息ひとつ荒れていない小杉佳輝さんが.苦笑しながら「大丈夫ですか?」と声をかけてくれた。
はぃ、と深夜残業上がりのサラリーマンのような張りのない声で返事をすると、小杉さんは両手を腰の後ろで組み、ぴょん、ぴょんと飛び跳ねるようにして山を登っていく。その軽快な姿を見て、僕は思った。あなたは鹿ですか!
鹿に弄ばれるへっぴり腰の素人ハンターのように、なんとかかんとか小杉さんの後を追っておよそ15分。ようやく着いた……!小杉さんに続いて獣除けの青いネットをくぐると、そこには日の光を受けてエメラルドグリーンに輝く茶畑が広がっていた。
木々が生い茂って薄暗い山中を歩いてきた僕には、陽光に満ちた別世界に飛び出したように感じた。俗世から隔絶されたような標高800メートルのこの茶園で、100グラム1万円の日本一高い日本茶「東頭(とうべっとう)」が栽培されているのだ。
背後を振り返ると、茶園が緑濃い山々に囲まれていることがよくわかる。見たこともない風景に、息を切らせながら「すごい!」とつぶやくと、東頭の二代目生産者、小杉さんがさわやかな笑顔で頷いた。
「はい。ここは秘境ですね」

川内イオ