未知の細道
未知なる人やスポットを訪ね、見て、聞いて、体感する日本再発見の旅コラム。
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「アーカスプロジェクト」は世界と守谷をつないでいる

文= 松本美枝子
写真= 松本美枝子
未知の細道 No.127 |10 December 2018
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#6アーティストたちの体験

 さて招聘アーティストたちに刺激を受けている、地域の人々たちの話を聞いてきたわけだが、日本の守谷という郊外の町にやってきて、約4ヶ月間の滞在制作をおこなってきた3人のアーティストたちも、きっと、さまざまな刺激を受けたに違いない。コーディネーターの外山さんに通訳をお願いして、それぞれのスタジオでインタビューすることにした。

 エリカは「ここでの体験が自分の制作に、これからどんなふうに影響していくのかは、まだわからないけど」と考えながら言う。
 ふだんコマーシャルギャラリーや美術館で展示することが多いエリカにとって、「アーカスは人々とアートが相互に影響し合う特別な空間だよね。温かい空気があるプロジェクトスペースだと思う。それに今回の遺伝子組換えシルクのリサーチは、とても集中して行うことができたから、アメリカに帰ってからもこの作品の制作を続けたい」と語ってくれた。

イリカ・ファン・ローン

 イリカは、今回このアーカスプロジェクトに応募するにあたって、大きな理由のひとつにオランダと日本の自然の違いを感じてみたかったのだという。「例えばオランダは地震もないし、環境が管理された国だけど、日本は地震や台風、津波といった人間がコントールできない大きな自然があり、人々はそれをよく知っている。オランダ人である自分も、その環境を楽しみ、その中で、地球と人間に関する作品を作りたかったのよ」と教えてくれた。

キッズツアーでのジハド

ジハドもエリカのように、アーカスが制作に集中できる貴重な場所だった、とまず伝えてくれた。そして「他の2人のアーティストと一緒にいられたことが、とても良いブレインストーミングになったよね」と語る。「彼らの一員として、このスタジオにいられたことが良かったよ!」というジハド。

「普段は1人でプロジェクトをやるのが当たり前だけど、ゲストキュレーターとコーディネーターが、たくさんヘルプしてくれるのもありがたかった! 金澤さんが日本時間に合わせて、早朝のパリからスカイプしてくれたり、コーディネーターたちがもっとヘルプが必要なら、ちゃんと言ってね! といってくれるのもびっくりしたよ」とジハドはいう。

「世界中のいろんな場所で滞在制作しているから、自分はよくわかるのだけど、こういうスタッフたちがいるからこそ、アーカスが24年間もアーティスト・イン・レジデンスのプロジェクトを続けてこられたんじゃない?」とジハド。この嬉しい褒め言葉に、外山さんは照れ笑いを浮かべていた。そして、外山さんは「大変なこともあるけれど、アーティストと働く現場が好きな人には楽しい仕事場ですよ、アーカスは」と答えてくれた。

 冒頭にも書いたように、アーカスプロジェクトとは、アーティストの新しい展覧会ではなく、あくまでも「オープンスタジオ」として、これまでやったことのないアプローチに挑戦するアーティストのための支援プログラムである。ここでの滞在制作を機に、あとで自分の国や他の場所で、完成した展示を公開するアーティストも多い。さらに大きな発表の場をつかんで活躍する人もいる。
 このあと彼らの世界的なキャリアにつながる場になるように、まだ知られてない、そして新しいことにチャレンジしようとしている若手のアーティストを招いている、そういう場なんですよ、と外山さんは教えてくれた。

この日の夕方行われた、ジハドの作品を読み解くための、パフォーマンス・レクチャーのようす(撮影:加藤甫)
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未知の細道 No.127

松本美枝子

1974年茨城県生まれ。生と死、日常をテーマに写真と文章による作品を発表。
主な受賞に第15回「写真ひとつぼ展」入選、第6回「新風舎・平間至写真賞大賞」受賞。
主な展覧会に、2006年「クリテリオム68 松本美枝子」(水戸芸術館)、2009年「手で創る 森英恵と若いアーティストたち」(表参道ハナヱ・モリビル)、2010年「ヨコハマフォトフェスティバル」(横浜赤レンガ倉庫)、2013年「影像2013」(世田谷美術館市民ギャラリー)、2014年中房総国際芸術祭「いちはら×アートミックス」(千葉県)、「原点を、永遠に。」(東京都写真美術館)など。
最新刊に鳥取藝住祭2014公式写真集『船と船の間を歩く』(鳥取県)、その他主な書籍に写真詩集『生きる』(共著・谷川俊太郎、ナナロク社)、写真集『生あたたかい言葉で』(新風舎)がある。
パブリックコレクション:清里フォトアートミュージアム
作家ウェブサイト:www.miekomatsumoto.com

未知の細道とは

「未知の細道」は、未知なるスポットを訪ねて、見て、聞いて、体感して毎月定期的に紹介する旅のレポートです。
テーマは「名人」「伝説」「祭り」「挑戦者」「穴場」の5つ。
様々なジャンルの名人に密着したり、土地にまつわる伝説を追ったり、知られざる祭りに参加して、その様子をお伝えします。
気になるレポートがございましたら、皆さまの目で、耳で、肌で感じに出かけてみてください。
きっと、わくわくどきどきな世界への入り口が待っていると思います。