
「酔奏楽部 宝島。」のみなさんに見送られ、ビルの外に出た。東京では春らしい天気が続いているけれど、仙台の空気はまだまだ冷たい。周りを見渡すと、さすが「東北最大の歓楽街」と言われている国分町、居酒屋やバーなどが多く入った古いビルが立ち並ぶ。
声をかけてくる呼び込みのなかを早足で通り抜けて「宝島。」から徒歩5分、比較的新しそうなビルの4階にある「Music Bar Seed」に到着した。扉を開けると薄暗い店内の左側にバーカウンター、右側には楽器が置いてある演奏スペースがある。バーにしては珍しく靴を脱いで上がるスタイルで、まるで人の家にお邪魔するような感覚だ。店主の小野寺拓也さんと、週末にこの場所で音楽教室をやっているという櫻井陽介さんが出迎えてくれた。
「ここにある楽器は、飲みながらいつでも触っていいんです。イベントで楽器が弾ける場所はあるけど、こんなに好きに弾いていいお店は他にないと思います。大人になって、楽器に触れる機会が少なくなってしまった人たちに、好きに演奏しに来てほしいですね」
生まれも育ちも仙台だという小野寺さんは、県外の大学に進学したあと就職を機に仙台に帰ってきた。会社員として働きながらお店を立ち上げる準備をして「Music Bar Seed」をオープンしたのが2018年2月。実は、小野寺さん自身は音楽をやっていたわけではなく、楽器も弾けない。なぜあえてMusic Barを開いたのだろうか。
「会社員のときに、コミュニケーションスキル向上のためにボイストレーニングを受け始めたんですよ。そのときは、歌がうまくなりたいとかそういうことは考えていなかったんですが、ボイストレーニングをするうちに歌も好きになりました。音楽っておもしろいんだな、と仙台にあるいろいろな音楽バーに通うようになったんです」
通ってみると、どの音楽バーも比較的年齢層が高め。敷居が高いというイメージもあったため、若者でも入りやすい音楽バーを作りたいと考えた。会社員として働きながら仙台中の音楽バーや飲食店に通い、情報を集めながらお店の構想を練った。
「いろいろな店に通って、2年で200万くらい使いましたかね」
そう軽く言って笑う小野寺さんだが、そこからは強い意志と覚悟を感じる。会社員という安定した立場を捨て、バーを開くことに周囲からは反対の声もあったそうだ。それでも小野寺さんは「すべての経験が、必ず自分の財産になる」と、楽器を買い揃えた。今では音楽好きの若者が集まってのんびり落ち着ける場所となり、8割ものお客さんがリピーターだ。
話を聞き終え、ビールを飲んでいると、店内で楽器を触っていたお客さんたちが動き出した。今日は「ホワイトデー・ライブ」が開催されるのだ。